〔ハル編〕情熱直輸入
「……なんかあったのかい新木?」
前の席の藤崎が振り向き僕に声をかける。
「え?い、いや。つ次の授業は」
「もう放課後。重症だね」
……今日もぼーっと一日を過ごしてしまった。
アキと屋上で話した日から更に三日、僕はまだ病院には行っていない。
「なんかあったら言ってよ。僕たち友達だろ?」
「……」
なんと言えばいいのか。自分でも良く分からない感情を説明できないのだ。
しかしやはり藤崎はイイヤツだなあ。他人の喜怒哀楽を観察し優しい言葉をかける、なんて芸当は到底僕にはムリ。
藤崎のイケメンたる所以である。
「騙されちゃだめだよ周蔵くん」
「なんだよ智花ちゃん。僕と新木の友情にケチ付ける気かい?」
隣の席で部活に行く準備をしていた智花がジャージ姿で仁王立ちしていた。
藤崎と智花のこういうやり取りも日常化してきている。
「藤崎はね、周蔵くんに相手されないと独りになっちゃうから周蔵くんの事を気にしてるんだよ。いやぁねちいさいオトコって」
「僕は孤独が嫌いなんだ。なにか悪いのかい?」
「ちょっとは否定しなさいよ……あきれた」
「なんとでも言ってくれ」
溜め息をついて藤崎を見下ろす智香と、下唇を突き出し智花を見上げる藤崎。この二人意外と仲良いんじゃないだろうか?
「……」
にしても、まだやっぱり。
どうもクラス内に僕と藤崎を避ける空気がある……らしい。智香はカテゴリーは完全に僕らの仲間と認識されてはいるのだが、生来の世渡り上手だったようで僕ら3人の中では一番ツツガナク学校生活を送っていた。
藤崎は僕が巻き込んだのだしこの辺りの空気は何とかしたいと思ってはいるのだが、いかんせん僕に実感が全く無い。『僕らを避ける空気があるらしい』と僕に教えてくれたのも何を隠そう藤崎その人なのであるから、ヤツの周囲への気の張り巡らせ方に感心する。
智香は『周蔵くんが気付かなさ過ぎなんだよ』と苦笑いしていたが、その辺の技術はみんなどこで習得してるんだ?僕の家にはそんなカルチャースクールの案内状は届いてないぞ?
ま、ゴリやイノシシみたいな上級生がバックに控えてると思われてんだろうなあ。実際そのとおりだし。
でもあいつらが僕のピンチに駆けつけるか、といえばかなり怪しい。というか来ないだろう。やつらは陰湿なイジメへのカウンターバランスとして絶大な効果を発揮してはいるがその実なんの実行力も無いんじゃないか?
そこまでゴリもイノシシも甘くは無い。
僕を守ると言うより理不尽が許せないという動機の方が遥かにデカイんだと思う。
まあ頼るつもりもさらさら無いが。
「周蔵くん?」
「……え?」
智香は何度か僕に声をかけていたようで、心配そうな表情で僕の肩を叩く。
藤崎と口論していたはずだけど。
ん?……寝てるのか?
「ああコレ?気にしないで。藤崎お腹痛いんだって」
「き……君が殴ったんじゃ……ふごっ!?」
おおう。
智花の正確な右が藤崎のみぞおちにヒットし、先ほどと同じように机に突っ伏す藤崎。
「ほんとどうしたの周蔵くん。最近元気ないみたいだし」
「そそそんなことない。ありがと」
んー。
僕は元気ないか。
そうだよなあ。なんか考え事していてもいつもの調子が出てない気がする。アキやハルの事も勿論気がかりなんだけど、これは多分僕の問題なのだ。もっと個人的な……なんか、分かんないなあ。
「柚木先輩に『周蔵の様子探れ』って特命受けてんだけどなー。あのひと周蔵くん絡むと見境無くなるし」
にっと笑う智花。こういう言い方も智花の優しさなんだと思う。
僕を気に掛けるなんてみんな優しいなあ。僕なんて自分の気分すら満足にコントロール出来ないのに。
「……」
僕はカバンにノートを突っ込むと帰る準備をする。
「……」
病院、行くか?
うーん……。
うーーーーーーーーんん。
『ししょーーーーーーーー!!』
っ!!!???
『ししょーーーーーっ!!出て来いこのやろー!!』
ハル!?なんで!?
ここはまだ学校で……
ざわざわと教室の中が波を打つように喧騒が転がり、生徒たちの全ての視線は校庭へと向けられる。
「なになに?なんなの?」
呆然としている僕を智花は袖を引っ張り窓際まで移動すると校庭に目をやる。
「……誰あのこ?」
「パジャマ着てない?」
「あれって車椅子?」
口々に感想を言い合う生徒たち。ざわつく生徒たちの中僕は教室内だけでなく心の中までも大きく波打っていた。
『ししょーーー!!どーこーーーー!?』
ハルは車椅子の両輪に置いた手をしっかりと握り、前傾姿勢で声を絞り出す。どうやってここまできたのか。なぜここに。
そんなことはどうでも良かった。
『おーーーーーいっ!!ししょ……』
「ハルっっっ!!」
僕は窓の縁を掴んで、大声を出す。
「周蔵くん……ひょっとして知り合い?」
智香は自分の顔を押さえた指の隙間から恐る恐る僕の顔をのぞき見る。あっちゃー、である。絵に描いたようなアッチャーである。
「……今度はなんだよ」
「また新木……勘弁しろよ」
「またこのクラス目ぇ付けられるじゃん」
同調圧力に馴染まないものは排除される。今更言われなくたって分かってんだよそんなこたぁ。
クラスの生徒たちも僕になにかしら言い分があるようなのだが、誰も面と向っては口にしない。ならば黙ってろ。若しくは帰ってお布団にクルマってからブツブツ言ってりゃいい。
僕はカバンをひったくるように掴むと校庭へと駆け出す。
心は跳ねるように暴れている。しかし不快じゃない。それどころか。
「……」
なんだ。
こんな簡単な事だったんだ。