〔ハル編〕キアヌリーブスです
「こんばんは」
病院から出た僕駅に向かう道すがらそう声を掛けられる。
おもむろに腕時計に目をやると、21時40分だった。駅まではまだ少し距離があり、街灯は点滅しつつ僕に声を掛けた主を照らす。
30代くらいだろうか?
あごひげ、短髪、ふちの無いオサレ眼鏡。自分の容姿と年齢をしっかり把握した上でのファッション。参考書に載ってるような『ちょいワル』である。
「ちょっと話きかせて貰えないかな?」
すたすたと僕に近寄ってくるちょいワルは薄っぺらい笑顔をテレも無く晒している。
まあ、いけ好かない。
手渡された名詞には『鬼頭 修』と書かれている。週刊誌の……記者のようだ。
「君、名前は?」
やたらと笑顔でそう鬼頭は僕に問うが、僕には週刊誌の記者に名乗る理由が見当たらないので。
「ききキアヌリーブスです、じゃ」
そういい捨て、記者の脇をすり抜ける僕。
「っておい君」
苦笑いで僕の肩を掴む記者、意外に力強い。さすがノーネクタイで胸元のボタンを2つ開けているだけのことはある。
「日向春の知り合いかい?聞きたいことあるんだよね」
「ぼぼ僕は帰ってザイオンをすす救わなければ。じゃ」
「その反応、ひょっとしてなんか知ってる?」
「モーフィアスが待ってるんで」
この間一度も足を止めていないにも関わらず、記者はしつこく付いてくる。しかしもうすぐ駅、なんなら交番にでもかけこんでやろうか。
男子高校生にイタズラしかける記者として逆にスクープされやがれ。
「ふう。日向春にも似たような反応されたよ。『アンソニーホプキンスですがなにか?』ってな」
チョイスがしぶいなハル!
キチショー!なんか負けた気分だ!!
悪ふざけが被ってんじゃんかよもう!!
頭をがしがし掻きながら記者はぼやくように呟く。
「俺もさあ、仕事なんだよね。近頃のガキはどうなってんだよ全く」
瞬間、力任せにグイと引き戻される。壁に押し付けられた僕はタバコの匂いの染み付いたおっさんの顔を間近で見せ付けられた。
「わかってんだろ、洒落になってねえんだ日向春は。境遇には同情してやってもいいが、だからってナニやってもいいって事にはなんねえんだよ」
目が血走っている。
この記者はそれなりに心に期するモノがあるんだろうが、ヘタクソなのは否めない。慣れてないんだろうなあ。ゴリのほうが余程脅し慣れてる。
その実この記者、決定的なことは何も言ってない。僕からの言質を取りたいんだろうが……ガキだからって舐めすぎだ。
「センチネルをなななんとかするには僕じゃなきゃ。じゃ」
肩を掴んでいた腕を乱暴に払いのけ、早足で駅へと向かう。
ゴリのおかげで僕は暴力に多少免疫が出来ていたようで、ほとんど緊張しなかった。クールダンディーが実現する日はそう遠くないな。
「後悔するぞ!いや、もう手遅れだろうがな!」
背中で難解な呪文が聞こえているが、捨て台詞まで舐めている。
どっかの誰かのセリフ、ユーモアのかけらも無いし。
「……」
僕は月を見上げながら歩く。
じっとりと汗を握りこんだ僕の手の平は……まだ乾かない。
ハル。
なんだってんだ、一体。