〔ハル編〕っちっちっちっちっち
柄にも無く浮かれていたのかも知れない。
甘ったるい空気の充満する無機質な病室内で、僕は端から見たらさぞ間抜けズラだった事だろう。
「ねーシショー」
「?」
ぎゅ、と掴まれた僕の袖からはハルの体温が伝わってくる。未だ自分の頭を僕に押し付けているハルは、そのままの体勢でじっとしている。
っちっちっちっちっちっちっち
何かを急かすようなモノスゴイ数の時計の秒針の合唱に僕は身動きが取れずにいた。窓からはとっくに日光は消え、僕とハルの間に静寂が舞う。
ここここれってあれか?いや、まてまて落ち着け。いつものクールダンディーっぷりを思い出すのだ!『静寂が舞う』じゃねえ!
僕今脂汗たらたらしてっから!かっこつけていい状況じゃナイカラ!
「アキちゃん、シショーになんのお願いしてたん?」
「たたたたた、大したことじゃない!」
「びー。シショーも教えてくんないんだー」
「実は僕も、ああああんまり話きき聞いて無くて」
聞き間違い、だったんだと思う。僕らが日常生活を送る空間には全然そぐわない単語。「殺人」と聞こえた気がしたんだけど。
ここは病院でハルは患者さん、管理に厳しさは感じられないものの24時間体制で管理されてるわけで。それにハルは(信じ難いが)重い病気を患っており、そんな少女を殺して誰が得をするのか?
「なんだよー!アキちゃんとシショーが浮気するのかー!?さっそくかー!?」
「ななななんで『浮気』なんだYO!?」
「言わせるー!?ちょっとシショー!!それ……言わせるのどうかと思うぞー!?」
「だからちち、違うってば。なんか『殺人』がどうとかいいい、言ってたんだって。たた多分聞き間違いだと思うよ」
むー。
なんだか、まずい。ので空気を変えたかった。何がまずいのかは定かじゃないが、この空気はいかん!そしてこの体勢も問題アリ!
僕は気まずい空気と取っ組み合いながらまずはハルの腕を外しに掛かる。胴体へのタックルの際そのままハルの腕は僕の腰をぐるりと包み込んでいたのだ。
「なーんだ。ソレもう解決してるのにー」
「そそそうか!なんならぼぼ僕がエンジン付いたスケボー乗って、ずずズバッと解決しt」
って?え?
……解決?
ここで。この病院で以前に殺人事件が実際にあったと言っているんだろうか?ハルとアキもその事件に何らかの関わりを持っていた?考えすぎ?え?
「でもアキちゃんってひどいんだー!実の、しかも死に掛けの妖精みたいな姉を警察に売っちゃうなんてさー。シショーも思わない?」
「え……あ、」
なんだ?
なに言ってんだ?
「シショーはさー。神様っていると思う?」
するりと僕の腰から手を引くと、ちょうど僕と対峙した格好に落ち着く。
よいしょ、と正座をするハルを僕は黙って見ている事しか出来ない。
「かかカミサマ?」
「そ。ヒゲ生やしてとぐろ巻いた杖持ってたり」
「いい居ないんじゃないかな……僕はあああんまり信じてない」
「でもねー、いるんだよ神様って!きっと!」
……。
背中に滴る冷たい汗。さっきと変わらないハルの笑顔が全く救いにならない程の切迫感。これは……だめだ。
「ここはねーシショー。残り6ヶ月、そう診断されたヒトしかこられない病棟なんだー。神様が酔っ払いながら投げたダーツに運悪く当たっちゃった人たちの待合室なのだー!!」
っちっちっちっちっちっちっちっちっち
「治療が目的じゃない病棟、尊厳のある死を受け入れるための準備をするところそれが……ここ!ターミナルケア病棟でゴザルーーー!!」
っちっちっちっちっちっちっちっちっち
「きっとねー。ダーツは誰が投げたっていいんだと思うよ。神様もヒマ持て余してひょいってしてんだろうしー」
っちっちっちっちっちっちっちっちっち
「だからねー。投げてみたんだダーツ。この銀幕のエンジェル、日向ハルが!!えいって!!」
っちっちっちっちっちっちっちっちっち
「死ぬ瞬間だけは……神様なんかに決めさせない。みんなそう言ってた。だから」
僕は……。
柄にも無く。
浮かれていたのかも知れない。
馬鹿みたいに。