〔ハル編〕事件は現場で起きているー!
「狭苦しいトコロですがこちらがコケティッシュ妖怪ハルの嬉し恥ずかしプライベートルームになりまーす!」
前転の後遺症でヨロヨロしながら、ハルはスルルと横開きのスライドドアを滑らかに移動させる。
しん、と静まり返ってはいるものの気配は確かに感じた。コチラを息を呑んで見つめる視線、そういえばこの7階に来てからまだ誰とも会っていない。
奇妙な緊張感と白を基調とした無機質な場所。
「はい拉致かんりょうー!」
「わっ!」
背中をパンと小突かれ部屋に転がり込む僕。ハルは後ろ手に扉をぱたんと閉めると「いらっしゃいませー」と小声で呟く。
ずっと思っていたんだが、僕はハルの言動のエキセントリックさの裏側に潜む訳の分からない迫力に……気圧されてるのか?むー、どうも調子が出ないなあ。
……って。
なんだこれは?
部屋の中はこれまた無機質なトーンの内装なのだが、至る所で回る秒針。無数の大小構わず一見全く統一されてない、壁一面の掛けられたおびただしい数の時計が微かなうなりを奏でている。
「にひ。びっくり?」
「……」
と、まあ。
一般人であれば異様ともとれる時計の迫力に圧倒されるところではあるのだが。
入って正面、一際目を引くあの時計。真っ白い文字盤、味気ない時間表示、なんの飾り気もないあの時計は。
「やややるなハル」
「んんんん?なんだよー!?」
秒針の先にある赤い丸がトレードマーク、そうあれは。
スイス国鉄オフィシャル鉄道ウォッチ『モンディーン』!!鉄オタなのか?いや、そんな感じじゃないし。んー。
まだなんか……
「ぼぼ、某イギリスゾンビ映画のああ頭のシーンで……」
見たような気がする。
「のおおおおお!!さすがシショー!!はじめて分かってくれるヒトハッケーン!!」
出会いの件で映画が好きなのは分かっていた。ならば。
「ににニキシー時計。意外にみみミーハーだなハル」
「ハズカシーい!!ばーれーてーるー!!」
某タイムスリップ題材ゲー。この分野は得意だった。
他にもGショックからフランクミューラーまで枕元にまで時計が並べられていた。
「みんな気味悪がるんだー。なんか圧迫感があるってアキちゃんもいってたー」
おそらく全ての時計に意味があるのだろう。僕は謎解きをするようにジロジロと時計の群れを嘗め回すように眺める。うへへへ。この部屋はオタ心を鋭く刺激するのう!うおーっと!
「こここれは……は恥ずかしかろう、僕ならとととっても恥ずかしいなあ」
僕は枕元の腕時計を摘み目線の高さまで引き上げせせら笑う。うひひ。
「きゃーーー!!ししシショー!それは!!それだけはああああっ!!」
ハルは顔を真っ赤にして頭を抱えている。小刻みに震えながらだ。
うはははは!どうだ恥ずかしかろう!!
訳分からん威圧感のお返しだこのやろう!!
まさにミーハーの極み!このウェンガー、実はアーミーコートのサラリーマン刑事の愛用品。この気の緩んだチョイス、これだけの時計オタならば耐えられるものではないわ!!うははははははは!!
「事件は現場で起きているー!!」
「ぐはぁ!?」
僕のみぞおちに頭から突っ込んでくるハル。ぐりぐりと頭頂部を僕のお腹に押し付け必死でごまかしてはいるが、いかんせんまだ耳は真っ赤だぞハルよ。
「ねー、シショー」
真っ赤な耳のまま頭を押し付けた状態でハルは僕に問いかける。
「……なんか、ヘンだねー。会ったばっかりなのに」
それは本当にそうだった。2次元オンリーのこの僕が今日あったばかりの女の子と……見ようによっては抱き合ってるなんて。なんなんだこれは。
それに。
なんで僕は全然いやじゃないんだ?
「なんだよー!おっかしいなーもー!!」
耳だけかと思っていたら。
顔から首まで真っ赤にしたハルは僕を少しだけ見上げ「おっかしーなー」と小首を傾げる。
僕は、心臓の鼓動が相手に聞こえないか。そればかり気になっている。
なんだ。これ?