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ベクトルマン  作者: 連打
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〔ハル編〕爪痕くらいは

「どしたんシショー?」


「い、いや……」


しん、と静まり返った廊下を手を引かれ歩く。

聞こえるのはパタパタという控えめなスリッパの足音。しばらく歩いた後、ハルはエレベーターの前で足を止めた。


「シショーはあんまり病院こないのー?」


「そそそうだなあ。うん」


そっかー、とハルは僕の返事とも取れない呟きを軽く流し、到着したエレベーターに乗り込む。するすると開いた扉にぴょんと跳ねるように乗り込むハルは、なんだかとても楽しそうに見える。


「なんだかねー。シショーは他人みたいな気がしないのだ!」


ぽちと階数表示のボタンを押す。7階。

やけに広いエレベーターだなあと周りを見回していると、不意に4階でエレベーターが止まり、するりと車椅子が入ってくる。

ああ、なるほど。

車椅子や松葉杖、担架なんかも入るんだから広いのも納得だ。


「今日は調子良いみたいだねハルちゃん」


車椅子のおばさんが先ほどのように親しげにハルに声を掛けている。

やはり笑顔。階数表示を眺める位しかすることの無い僕とは違い、ハルはここでも人気モノだった。


「みちこさんよりは長生きするんだー!あ、でもギリギリねギリギリ!」


「ふふ。でもハルちゃんはずっと長生きして欲しいねえ。彼氏もそう思わない?」


エレベーターの中、一人口を開けて今何階かなーなんて事しかすることの無い僕を不憫に思ったのか、話を振ってくるミチコサン。


「なな何しろハルさんを愛してますからね。死んだら化けて出てほほ欲しい」


「おおおおー!言ったなシショー!よーし、死んだらシショーの家のテレビの中から匍匐前進してやるー!」


むがーと僕の首にぶら下がりエレベーターの中で器用にグルグル廻るハル。

なぜか……僕もハルとはさっき会ったばかりという気がしないでいる。

めずらしい、というか初めての経験だった。まあ尋常じゃ無いほど人懐こいハルの人格に拠るものなんだろうが。


「じゃ、また」と言い残しミチコサンは6回で降りていった。バイバーイと手を振るハルを名残惜しそうに眺めつつ消えていくミチコサン。


「はい、7階フロアー!ターミナルケア棟に到着ー!」


なおここには死に損ないの重病人しかいませーん!と大声で叫ぶハル。


の後頭部をぺしんとはたいた。


「なにすんだシショーこのやろー!」


なにすんだ、はこっちのセリフである。誰も聞いていなかったから助かったものの、大顰蹙請け合いのソリッド過ぎる暴言だった。こえぇよこのオンナ。


「もももうちょっと言動とか……」


「スケールちっちゃいぞシショー!似合わないからやーめーろー!」


ぐいぐい首を締め付けるハル。しかし背が低いので首にぶらさがっているような格好になる。大して苦しくは無い。

でもまあ。

『死に損ない』も『重病人』もハルが言った場合は罵倒語には当たらないのか。どちらかといえば自虐。言葉は全て自分に返って来るのであり、その本人はニコニコと首にぶら下がっている。


自虐ギャグの使い手は始末に悪いんだよなあ。この類の人種は基本的に捨て身であり、ハルにいたっては文字通り身体を張っているのであって。


「お、お、おい!ハル!」


「!……はい!シショー!なんですか!?」


リアクション芸人に下手なツッコミなどカタハラ痛い、のであるからして。


「人間しし死ぬ時は前のめり!!せめてつつ爪痕くらいは残すのだ!!」


うおおお、と奇声を発しながら僕は病院の廊下のタイルの継ぎ目に爪を立てグルグルと前転してやる。


「シショー!かっこいー!!」


キラキラと目を輝かせながら「お供します!」とグルグル前転し僕の後を付いて来るハル。

自虐使いは心中覚悟の恐るべき人種、ならば乗っかるしか道はナシ!!


「おおおおおおっ!!」←僕

「うひょーーーーー!!気持ち悪くなってきたーー!!」←ハル


ちょっと……楽しくなってきたかも。



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