〔ハル編〕ばいばーい!
「あ!あきちゃーん!」
絶え間なく声を掛けるおじさんやおばさんの人だかりを掻い潜り、ヒナタハルは僕とヒナタアキの所へ駆け寄ってきた。
「?」
僕の視界の端でなぜか緊張した表情のアキがぎゅ、と自分の手の平を握り締めながら「姉さん元気?」と軽く手を振る。なんだろう?妙な違和感。
「あきちゃんシショーと友達なのー?なんでなんで?彼氏?婚約?デキチャッタ婚?」
「違うわ、新木君に少しお願いがあってね」
しかし。
見事なまでに陰と陽、水と油、ネルフと大紅蓮団。並べてみると確かに顔は同じなのに受ける印象は正反対である。アキだってもう少し愛想が良ければ今よりは断然好印象を相手に与える顔立ちであるというのに。もったいねえなあ。
「シショーになんのお願い?ねーあきちゃん?」
「姉さん、そろそろ病室に行かないと。看護師さんに迷惑かけたら……」
……師匠じゃないっつってんだろが全く。
ニコニコとアキの周りを跳ねるようにじゃれ付くハル。本当に重い病気なんだろうか疑いたくなるほどハルは生命力に満ちている。これでは僕やアキの方が病人みたいだ。
「ねーねー!おーしえーてー!おーしえーてーよー!」
「ほら行くわよ姉さん。付いてってあげるから」
外来の診察時間が過ぎているんであろうか?いつのまにか人影はまばらになりハルとアキの声がだだっ広い待合室に木霊する。いや、ほとんどハルの声なんだが。
「びー!アキちゃんのけちー!教えてくんないならもういいよ!」
「ごめんね姉さん。さ……」
「じゃ、アキちゃん帰っていいよー!」
「ねえさ」
「今日アキちゃんいらなーい!シショーいるしー!」
「ちょっと、ね…」
「ばいばーい!」
途端、僕の袖がモノスゴイ勢いで引っ張られる。意表を付かれた訳じゃないのに力の強さに面食らった。この小さくて華奢に見える身体のどこにこんな力があるのか。
「って、おおおい!いい妹どどどうするんだよ!」
妙にギクシャクしているように見えたがやはり。
この姉妹は少しイビツな関係性のようである。アキにいつもの押しが無いし、逆にハルはオセオセである。そして今のやりとりも、あまりに一方的に過ぎる。アキは追ってくるそぶりも見せず、悲しそうな目でハルと引っ張られていく僕を見つめていた。
「あきちゃんはいーの!シショーはまだ帰れませーん!ざんねん!」
僕はアキを呼び込もうと声を掛けようとした瞬間、アキはその場で僕にペコリと頭を下げた。そして顔を上げたアキの口元が「お願いします」と言ったように見えた気がした。