〔ハル編〕エイリアン1はゴシック・ホラーだよねー
学校から一駅の位置に巨大な建造物。『大きい』というだけでこれだけ人を圧倒できるんだなあと妙な感想を抱く。
外壁は白で統一され、来るものを拒むような門はぐるりと周りを取り囲み……さながら刑務所のような印象を受けた。
「わたしは受け付けに行って来るから先に入っていて。院内の目立つ場所に雑誌や日用雑貨を扱ってる売店があるからそこで待ち合わせにしましょう。聞いてるの新木君。わたし行くから。売店よ。ちゃんと居てね」
相変わらずの変質的な喋り方で僕に指示すると、さっさと歩き去るラッパー。僕はてくてく歩き出す。なんだろう?僕が単に病院に縁が無いからなんだろうか。
無機質な病院の壁や喫煙所にたむろしている患者さん、傘立ての清潔感や整然と並ぶタクシーの列になんとなく引け目を感じる。
このでっかい建物で日々巻き起こっているであろう悲哀の数々は、全て僕の知らないところで起こっているのだ。完全な部外者である僕が疎外感を覚えるのは当然といえば当然だった。
「……」
中に入っても妙な疎外感は常に僕に纏わり付く。
ちょっとした駅のホームのような喧騒を掻き分けなんとか進む僕の目に『売店』の看板が。
僕は表示にバカみたいに従いつつ売店を目指す。秒刻みで僕を蝕む病院の圧力になんとか抵抗しながらやっとの思いでたどり着くと。
「……」
な。
「……」
なんだ……コレは?
僕は忙しなくレジを打つ店員さんに思わず声をかける。普段の僕には全く無い社交性では在るのだが、これは放っておけない。
「あああの」
「はい?」
はい?じゃねえ。
『わたし今日は帰りにお花を買おうと思ってます。生活に彩りって大事でしょ?』などと本気で思ってそうなそのスカした営業スマイルはなんだコノヤロウ!
「ここコレ!このたた棚にあるDVD!」
「はい?お買い上げでしょうか?」
しらばっくれんじゃねえ!!誰が許そうと!!これを見逃すわけにはいかねえのだ!!仮にも映画を扱ってるのであれば僕の言ってることが分かるはず!!涙ながらにオノレの仕事の至らなさを悔い改めやがれ!!
「なななんで『エイリアン』がアクションにかかカテゴライズされてるんだ!?」
「……は?」
「ひゃひゃ百歩ゆずって2、3、4はいい!ゆゆ許そうじゃないか!しししかし1は……っておおおおいっ!?『28日後』が!!なんでホラーなの!?だだダニーボイルのここ心意気があんたにはきききこえないのか!?」
きいてんのかこのやろう!なんだこの陳列棚は!全く映画を見ていないヤツの品揃えだ!!僕は別に映画ヲタじゃないがコレはあまりにも!!あんまりじゃないかあっ!?
「店長!多分精神科の患者さんが!」
「ちちち違うっ!!だだれが病んでるか!!」
コダワリの神よ!!どうかこの無知な店員Aに天罰を!!キッツいやつでお願い奉るうううっ!!
「……エイリアン1はゴシック・ホラーだよねー。ギーガー大好き。あー、これ。ほらお兄さんコレコレ」
いつのまにか僕の背後に出現した見知らぬ女の子は店員さんAをなだめながら僕に棚を見るよう促す。
「……」
ほおおおう。ほほほおおおおう。
「きき君、名前は?」
僕は棚を指差しにこにこして僕を見ている少女の問う。
「日向 春です!職業は長期入院患者してます!」
この欺瞞に気が付くとは。この少女なかなか。
僕は腰が引けて他の店員に助けを求めていた店員Aにビシ、と毅然に人差し指を突きつける。
「……なな、なんで?」
「なにが……ですか?」
「いいインディペンデンス・デイをコメディーとあんたが捉えているりり、理由を問うている」
「いってやれー!いいぞ見知らぬお兄さん!」
おう!言ってやるとも!
ニヒリズムの蔓延した現代ニッポンの縮図が!!この棚には蔓延しているのだから!!ヒナタハルと名乗った謎の少女の声援を背中に受け!!僕は今この店員Aに鉄槌をくいだすのだああ!!
すると……
「?」
ぐりっと僕の腕はモノスゴイ力でねじ上げられる。
「どこの病棟だ!?まだ治ってないんだから勝手に出歩いちゃダメじゃないか!……ん?ハルちゃんの知り合いかい?」
やたらとマッチョで白衣を着た体育教師みたいな男に身体の自由を奪われ、世直しが中断する。
「知らないよ。でもこのお兄さん面白いんだ!」
ざわざわと僕らを取り巻くほかのお客さんや患者たち。
その真ん中でハルは「にしし」と子供のように笑っていた。