〔ハル編〕合格
ざわつきも収まった放課後の教室。
僕と藤崎は今朝のラッパーを待っていた。
「ダブリかあ。お姉さんに付き合って自分まで休学するなんて意外に優しい子なんだね」
さして興味も無さそうに頬杖をつきながら呟く藤崎。手元はしっかりとスマホが握られ親指で忙しなくスクロールされている。
正直、ヘンだと思う。そこまでするか?と勘繰ってしまうのは僕がダンディーなアウトローだからだろうか。所詮人はひとり、頼るものはオノレのみを地で行く天涯孤独のネットサーファー。それが、僕、なのである。
「あ、話終わったら付き合ってよ」
「なななんの?」
「ビョーイン。最後のね。カウンセリング」
……めんどくせえ。
「あ!今『めんどくさい』って顔した!嘘っ!?もとはといえば新木のお姉さんのせいで」
「わわわかったよ!つきあうって」
のちのちまで尾を引く、イノシシのいたずらという名のテロは藤崎に大きな影をおとしていた。しかしめんどくせえ。
「おまたせ」
するすると横開きのドアを開け登場したラッパー。顔立ちは可愛いのにやけに辛気臭いというか……生気がない。
「?」
ラッパーは藤崎にあからさまな視線を向け僕に問う。
「だれこのひと。プライベートな相談があるんであまりひとを増やさないで欲しいの。そう言ったよね?言ってない?言ってないか。でもそうなの」
うわあ。今朝の印象そのままの口調で喋ってるよこのこ。
「僕は藤崎、新木と同じ部活だからまんざら無関係でもないです」
『コノヒト』呼ばわりされた藤崎は少しだけ不機嫌そうにラッパーに答える。確かにこの子の口調はヒトの神経を逆撫でするような部分がある。基本自分の要求が第一で、相手の話を聞かないのだ。
「そうならそう言って。別にあなたでもいいの。代わりにこの藤崎君が相談に乗るの?」
「……僕は遠慮しとく。任せたよ新木」
そう、とそれだけいうとラッパーは僕に向き直りもう藤崎には目もくれない。藤崎はどうもこのラッパーとはソリが合わないようで
「じゃあ僕は退散するよ、またね新木」
そういって鞄を小脇に抱え出て行ってしまった。病院の時間もあったのだろう。この子の押しの強さからとても時間に間に合わないと踏んだんだろうが……まんまと逃げられた事に愕然とする。知能犯、藤崎。
「……で?」
僕だってさっさと済ませたい。
てか、僕が言う事じゃないんだろうけど、この子損してるよなあ。
「わたし姉がいるの。一卵性双生児、双子の」
「……」
もう教室にはだれもいない。声はやけに澄んでいて刺々しく僕の鼓膜に刺さる。ラッパーの言葉にやけに纏わりつく悲壮感に意義を唱えたいところだが、言葉は絶え間なく吐き出されていく。
「姉はもうすぐ死ぬの。病気で」
まばたきくらいしたらどうなんだ?なんでこんなに必死なんだ?
「……で?」
「冷たい反応ね」
自分でもどうかとは思うが実感が沸かないのだ。ましてや僕は面識すら無い。この状況で悲しめるんであれば世界は悲しみだけで構成されているようなモノだろう。やっていけない。
「合格」
「?」
「見込んだ通り。あなたは偽善や欺瞞に縁がない人種みたいだから、合格。それぐらいじゃないと『あそこ』に行けないもの。ごめんね試しちゃって。姉も同情や哀れみはお腹一杯だろうし」
ぶぶ無礼である。
ヒトを冷血漢呼ばわりしておいて全く悪びれないその態度!みてろよコノヤロウ!
「ぼぼ僕は」
「はいストップ。じゃあ行くよ」
初めて見せる自然な笑顔。なんだ。こんな表情ももってんのか。
僕はお涙頂戴モノの名演技を遮られたことさえ忘れ、自分の姉の不幸を語るこのラッパーに少しだけ興味が出てきた。
「行くって……どどどこに?」
「お見舞いよ。付いて来て」
なんだか今日は『病院』という単語をよく耳にする日だなあ、などとどうでもいい事を考えながら僕はラッパーのうしろについて学校をあとにした。