〔ハル編〕イッちゃってるとこ申し訳ないんですけど
すこしだけ情緒を欠いた藤崎に、生ぬるい視線だけむけて教室へと向かう僕。イケメンってヤツにも休息は必要なんだろう。邪魔しちゃ悪いもんな、うん。
「……」
しかし……まあ、あれだ。
見事に誰も僕と目も合わせないな。徹底してる。僕はここに居ないことにされてるよなあ。
元よりそれは願ったり叶ったりの状況ではあるんだ。紆余曲折ありましたがそらごらんなさい!廊下にはこーんなに生徒たちが溢れているというのに!
「……っ」
ぐるんと首を勢いよく回し、後方に視線を向ける僕。廊下にたむろする生徒達の視線のベクトルは不自然な程僕を回避しつつゆらゆらと心許なく漂っている。
……不思議だ。
シカトなんて消極的な形態ではいまさら僕は何てことない。もっとこうガツンと来ないもんかね、がつんて。
僕は前を向きなおし廊下のタイルの継ぎ目を観察しながら歩き出す。
ひょっとして。
僕の精神は恐ろしく強くなってしまったんじゃないだろうか。
孤高である。
頂である。
超越者といってもいい。
この周囲にたむろする愚民共が憐れに思えてくる。今の僕はそう、真の意味で人生を悟ったのだ。
生きることは結局、消化試合と大差無いのだと!
元々意味なんてないのに無理やり意味を人は求める!だからヒズミが生じて悩んだり苦しんだりする!バカらしい!出直して来い!
シンプルイズベスツっ!
誰も彼も捕鯨禁止団体のように『可哀相だからダメー』と叫んでみたり、
反戦主義者のように『子供達を戦争にオクルナー』
と拳を突き上げてみたり、アグネスチャンのカタコトの戯言に涙ぐんでりゃいいんじゃないかな!
「……イッちゃってるとこ申し訳ないんですけど」
おうい!超越者のご宣託に何ツッコミ入れてんだこのやろう!こちとらここんとこのストレスえげつないんだぞ!オタに恋愛なんて分かるわけ無いじゃんよ!そう思わない!?えーと……
「……だ誰?」
僕が瞳孔にグルグルの螺旋模様を描いてる間、いつの間にか進行方向に立ちふさがるように女生徒が立っていた。
「受け付けてるんですよね、相談」
縁の無いメガネ、150に満たない身長、ぎゅっと握られた両拳。
どこと無く幼くかわいらしい印象は理子に良く似ていた。が。
一番印象的なのはその思い詰め、力の入った双眸。芯の強さを隠さない真っ直ぐな視線。
「う、うん。じゃじゃじゃあ放課後にでも」
「何時ですか?場所は?新木さんだけでお願いできますか?答えてください、早く」
「え……ああ、うん……」
「私がそちらに行きます。約束しましたからね。絶対ですよ。居なかったら承知しませんから。私嫌いなんです約束破られるの。だからお願いしますね新木さん」
くわっと開いた瞳孔から風でも吹き出してんじゃないかって位の圧力。威圧感。外見のかわいさからは想像が付かないほどの押しの強さ。言葉を発する度に僕との距離を詰めて来ていた。
「あ……ああの」
なんとか僕が返事をしようとした瞬間、がしっと両肩を掴まれ問答無用で引っ張られる。力自体は女の子のソレではあるが抵抗できない何かを感じた。この女の子は普通じゃない。
「新木さん逃げないでくださいね、逃げたらわたし」
何するかわからないんで
僕をひきよせ耳元でそう囁いたメガネの女の子はくるりと体を翻し『お願いしますね』と釘を刺しつつ消えていった。
「……なんだあれ?新木大丈夫?」
多分様子を伺っていたであろう藤崎がしりもちを付いてしまった僕に声をかける。
「おお遅いよ藤崎!!もっとはは、早く助けてよ!!」
「ご、ごめんって!だってあの子怖かったんだもん!泣くなよ新木」