少しまともにならないか
成長ってするんだなあ、とバカな弟の頭を下げる後姿を眺めながら感心していた。周蔵も少しはオトナになったってことなんだろうか。
自分の力の足りなさを認める事は想像以上に難しく、正しく認識できる高校生のオトコノコなんて皆無に等しい。
強くなればいいのよ。今はみっともなくても頼ればいい。そのうち強くなれれば御の字である。
「じじ、じつはセンパイ」
「あ?」
ひょこっと顔を上げた周蔵は真っ赤な顔を晒しながら梶君に告げる。
「ぼぼぼ僕も見つけたんです」
「何をだ?」
新入部員、そう呟いた周蔵は小走りに校舎への出入り口に駆け寄るとつい、と姿を消した。
「なんだ?新入部員って、新木サン知ってんのか?」
「さあ……元々乗り気じゃなかったのに。へんね」
藤崎君と智花ちゃん、カナにも目配せするが誰も心当たりが無いようだった。
「はは早く!なななにテレてんだよ」
「……ひっぱらないで……だめだよわたし……」
周蔵は半ば強引に校舎から中庭に、女生徒を引っ張りこんでいる。女生徒は窓枠に手を掛け必死に抵抗しているがあれって……
「か、梶君。あの子……」
あの生徒は。
梶君と付き合っていた2年の女生徒。
理子ちゃんへのイジメの切っ掛けであり騒ぎの元凶、本人にその気は無いにしろ周蔵が標的になった原因である……
「……有紀」
心なしか梶君の顔色が俄かに影を刺す。確か名前は
市川有紀さんだった。
「しゅしゅ、周蔵!!コラアっ!!」
猛然と駆け寄っていく梶君。いつものワイルド系秀才のオーラは掻き消えて、慌てふためく普通のいち高校生の姿がそこにあった。
「なに考えてんだよ周蔵コラオイ!!てめえなんで有紀と」
「いいいいやあ、すみっこでてて手首切ってんのは多分つまんないだろうなって……」
「なに言ってんだてめえは!!てめえにゃデリカシーとかネエのかよこのイカレ野郎!!」
「梶君……」
久しぶりだったんだろう。
市川さんは涙目を堪えながら梶君を見つめる。
「ゴメン……わたし、梶君に合わせる顔なんて……」
「いや、おめえは悪くねえ!悪いのはてめえだ周蔵!!ちょっとこっち来い!いいから来い!!」
太く逞しい腕をぐるりと周蔵の首に絡め、周蔵を引きずるようにして市川さんからずるずると距離を取る梶君。
「どういうつもりだてめえ。有紀はなあ」
「つつ次はあの子だよ」
「次って、なんだよ」
「ひょ標的」
なるほど、と。
周蔵に向かうはずだったベクトル。それはなくならない。かならず違う標的をロックオンするはずで。『元凶』、次の選択肢としては申し分無い。いや、間違いなくそうだろう。
「まま守ってやれよ。僕はあんたの助けなんか、いいいらない」
「てめえ……」
「にに似合わない世話焼くと、ややヤケドするぞ、ぼぼ僕みたいに」
ニヒ、と不器用に笑う周蔵。
「てめえと一緒にすんじゃねえよ。俺はもっとうまくやる」
頭をぼりぼり掻き毟りながら市川さんの様子を伺う梶君。
「めめメンヘラ先輩」
「……え」
周蔵は市川さんに向けて言葉を飛ばす。おどおどと落ち着かない様子の市川さんはどうしたらいいのか分からずずっと窓枠を掴んでたたずんでいた。
「ぼぼ僕はあんた嫌いだし、ひひ被害者ヅラにはうんざりだ」
「……」
きゅうっと締まる時間。暴れかねない発言だったと思うのだが、梶君は黙って周蔵の言葉を流す。
「だだ、だから」
弱い人間は、弱い。とことん。だから。
一緒にもう少しまともにならないか、と。
周蔵はそう呟いた。