見たことあるなー
「もも、もっと早く歩けない?ひ昼休み終わる」
「……」
……辛気臭い。一瞬だけ笑顔を覗かせたメンヘラ上級生は中庭に続く階段を一段下りるゴトに前髪が伸びていくように顔を影で覆う。変わったスキルだなあ。誰も徳しないだろソレ。
「あ、あの新木君」
「?」
葬儀会場の黒と白の横断幕から覗き込むような視線をこちらに寄越すメンヘラ。そういや『イチカワ』とか名乗っていたな。
「やっぱり私……行けないよ」
階段はもう降りきった。後は中庭に続くスライドドアをその用途を従順に守りスルスルっと開いてやるだけだというのに。
「……」
だんまりである。立ち往生である。ストライキである。
辺りをやんわりと包む昼休みの喧騒などモニターの中の出来事だとでも言わんばかりのフリーズ状態。出始めのスマホのような見事な完全停止。……。
めんどい。
……といっても。
気の利いた言葉など僕の口から発射されることなど無いのは分かり切っている。対人関係については僕は常にタオルを投入されている立場。僕の頭の中のセコンドはうつむいて首を左右にゆっくり振るのみの簡単なお仕事なのだ。
「……」
んー。んんー。
ん?
ななな泣いてる?前髪のブラインドからチラッと見えたそれって涙?
おおう。
よく見たら小刻みに震えておる!プルプルと小さな拳を握り締め唇を噛み締めておるではないか!
はい、もう無理!お手上げでーす!
罪悪感に苛まれつつも愛しいゴリには会いたい。しかし会わせる顔など無い事は百もショーチ!しかし!そこをなんとか置いといて!
貧相なメンタリティーしか持ち合わせていないリストカッターであるところのメンヘラは行動した!誘ったの僕だけど!
力……尽きたんだろうなあ。
僕は何にも思いつかない頭をボリボリと掻きしばし思案してみる。
コレはデリケートなオンナノコなのだ、と自分に言い聞かせないとすぐに面倒になってしまう。なにせこんなタイプのオンナは僕の周りには皆無!定規で描いたイノシシみたいな姉やDQN崩れのユズキカナみたいな対応は全く通用しないだろう。
泳ぐ視線。
僕はメンヘラを見ることすら躊躇ってしまう。
竹やりしかないのに地雷原を目の当たりにした心境である。絶望だ。
おおう。こんなトコに掲示板がある。いや、決して目の前の現実から逃避してるわけじゃないよ!ほほほら、登山家でも一気には登らないじゃん!途中でテントとか張って中でコーヒーとか飲むでしょ?あれだよアレ!
「……」
ふむふむ。そーかー。
明後日の3年1組の教室移動が中止に。なるほどー。
おおう。ふーむ。
夏期講習の申し込みかー。さすが進学校。未来見据えてるね。
おっ。なになに。
新入部員募集かー。ご苦労なことだ。1年2組新木周蔵まで。見たことあるなーこの名前。
……。
…………。
………………………………。
「おおおおおおおおおおおお!?」
「……」
新木君?と声を掛けられた気がするが、僕はもうそれどころじゃない。
なんだこれ!?なんなんだコレっ!?
学内の相談窓口!?問題の種類を問わず解決に当たる?誰が!?僕が!?なんで!?
「……新木君、部活作ったの?」
おずおずと発言するメンヘラ。しかし僕の視線は掲示板に張り出されている無機質な連絡事項に釘付けである。
「梶君と……柚木さん。あ、お姉さんも部員なんだね」
少しだけ笑みを湛え掲示板を読むメンヘラ。その横で僕は。
前髪が伸びていく気がした。