性的興奮を覚えますか?
むうう。
あの背中、間違いない。
漢と書いてオトコと思わず呼びたくなる哀愁漂うその背中。智花の評価はなぜか日に日に悪くなる一方だが僕は知っている。知ってるぞ!ベジータだってこう叫ぶに違いない。
藤崎!お前がナンバー1だと言う事を!!
教室に到着した僕は慎重に藤崎の座っている席へと向かう。まあ僕の席は藤崎のすぐ後ろなんでどっちにしろ方向は同じ、なんていうツッコミは野暮!出直して来い!
僕は功労者である藤崎に礼を述べ、尚且つ誰にも悟られないようにしなければならない立場。
石橋を叩いて渡って何が悪いと言うのか!?もうヤツには迷惑を掛けるわけには断じていかないのだ!!
教室内は僕の姿を確認した者からヒソヒソとこっちに視線を飛ばしてくる。多少はしょうがない、所詮同じクラスで完全に気配を絶つなど不可能。しかし。
被害は最小限。なるべくスリスリと足音を潜め某スネークのような
「なに背中丸めてんのシューゾーくん!」
ばっしん。
「……」
やはり3Dのメスなどに空気を読む力は望めないのか。部活の朝錬に顔を出す、そう言って駆けていった智花は朝の勢いをそのままに僕の背中を叩いた。
確かにここは彼女の教室でもあるわけなのだが……いま衆目を集めるのはどう考えても
がたた
「……新木?」
藤崎は智花の声で僕に気付いたらしく椅子を引き立ち上がった。
「……ふ藤崎?」
どうしたんだろう?虚ろな目、半開きの口。爽やかイケメンの藤崎ラシカラヌ荒んだ風貌。
まるで木曜日のサラリーマンのように疲れ切っているようだが?
「僕は新木に質問があるんだ聞いてくれるかいそうか聞いてくれるのかじゃあいくよ」
おおう。
全く僕と目を合わせない藤崎は棒読みの平坦さをもって僕に質問するようだ。
はっきり言って。コワイ。いやマジデ。
『道を歩いていると猫がいました』
「う、うん」
平坦。
きょうびボカロのミクさんのほうが感情豊かに思える。
『性的興奮を覚えますか?』
「へ?」
藤崎は何を言ってるんだろう?全く意図が読み取れない。
答えあぐねていた僕はただ突っ立っているしかない。
そして、それは聞き耳を立てていた教室の生徒たちも同じで……沈黙を堅持しながら事態の行く末を見守っている。
『ホラー映画で自慰行為はしますか?』
「いい、いや?」
相当怖いんだがなんなんだコレ!?
空虚な瞳を隠そうともしない藤崎はただ質問を吐き出す。
『両親を殺害する場面を想像してください』
「お、おい……ふ藤崎?」
『興奮しますか?』
「……」
なんつーか、こう……ギリギリである。アブナイ。マジヤバイ。
僕は凍った空気の教室内を見渡す。だれでもいい。僕のスローガンはひとまず保留してもいいから誰かこの状況をなんとかしてくれ。
「……」
ぐるん、と風切音が聞こえてきそうなほどの速度で僕と藤崎から視線を外す生徒たち。北のマス・ゲームのように一糸乱れぬ迅速な行動にため息が出そうになるよホント。
「わ私ちょっとトイレに……」
ほいきたぁっ!!逃がすわけないだろ智花!!
「ちょっと、離しなさいよシューゾーくん!お願いだからほんと!」
「ばバラ色の、がが学校生活だよ智花!たた堪能しなってば!」
掴んだこの手は離さない。
ひとりだけ助かろうなんて許すはずがない!
ぐぐ、と拮抗する智花と僕のパワーバランス。ぶつかる熱い視線。
「……一緒に逃げない?」
智花は囁く。
常に物事は安きに流れるもの、いわゆる『悪魔の囁き』である。
しかし僕はそんな選択肢に惑わされる程度のユルイ感情など持ち合わせてはいない!
この壊れた藤崎を放っておくなど、まさに鬼畜のショギョー!!
『内臓を見たくなる夜はありますか?』
……………………。
「逃げよう」←僕
「異議ナシ」←智花
僕は智花の力に迎合し踵を返す。
だってコエーし!なんかものすごくヤバい!!
「逃がすかああああああっ!!」
「ひいいいいいいいぃっ」
「きゃあああああああっ!?」
ととと飛び掛ってきた!?藤崎ご乱心っ!!
「僕はサイコじゃない!!信じてくれよ!!猫見てコロシタイなんて思ったことないし内蔵でオナニーなんてしたことないよ!!そんなのあたりまえじゃないかああああっ!!!!」
「わわわわかったから!!おお、おちつけ藤崎!!」
「いやああ!?こないでぇっ!こっち来ちゃやだああ!!」
僕の襟首と智花の足首を尋常じゃない力でがっちりホールドした藤崎は……泣いてるんだか笑ってるんだか分からない表情で僕と智花を巻き込み教室の床をゴロゴロ転がる。絶えず怖い。満遍なく、怖い。
「ホラー映画で勃起とかしないよううううっ!!」
凍りついた教室内に藤崎のサイコな叫びが響いた……爽やかな朝の我がクラス。
……………………。
スローガン、初日で粉砕。