暗雲と孤立希望
まだだ。
入学式でこっそり途中参加し見知らぬ有象無象に非難の視線をいくら浴びようと。
初対面の女子高生にくすくすされながら「猫は?猫」と半笑いで聞かれようと。
滝のように流れる僕の汗を見た養護教諭に保健室に連行されそうになったとしたって。
まだだ。
挽回できる。
僕はようやくたどり着いた教室の中、汗を拭いながら起死回生のザビ家も真っ青の澱んだ思考に頭まで浸かっていた。
中学時代に培った無機物化のスキルをいきなり全力で発動し誰の意識にも認識されないようになってやる。ここは僕が生きて行くうえで、ベストではなくてもベターではあるはずの学校なのだから。
「私が担任の福島です。皆さん一年間よろしくね」
初対面の教師はまだ若い、20代後半くらいの女性だった。ジャージを着用していることから体育教師なのかと連想させるがそんなことは今の僕には驚く程興味が持てない。所詮有機体のメスだし……やたらはきはきとしたその口調からも友好関係は望めない。
「はい!じゃあ順に名前呼んでいきますから呼ばれたらその場で自己紹介よろしく!」
僕は石。僕は煙。僕は空気。僕は……
「出席番号1番、新木くん!」
僕は虫。薄汚い蟻。
ん?……別にアリは薄汚くないよな。いかんいかん。無意識にM気質がデロンと漏れていた。これというのも3割位はあのクサレ3Dのせいだ。んで、1割は朝のセールスウーマン絡みのせいで受けた一連の辱めの為。
「新木くんは……」
はっっ!!じゃあ6割は僕の資質!?なあんだ、所詮醜い肉団子は避けられないカルマだったのか……っって誰が肉団子だ!!加工食品呼ばわりは許さないんだからねっ!!
「新・木・周・蔵・くん!」
「体は剣で出来t……うわあっ!?」
眼前に迫る担任教師の顔。僕の毛穴からは壊れた蛇口のように一気に汗が噴出しプライベート危険信号がミーミー騒ぎ立てる。
「はいボーっとしない。呼ばれたら返事、のち起立」
ああ、また見られている。僕は一秒でも早くこの状況から逃れるためおとなしく席を立った。さっさとオワレ。お願いだからオワッテクダサイ。
「君が周蔵くんかあ。シューゾーって呼んでいい?」
「……?」
背中を伝う汗は靴下まで届こうかという勢いで垂れ流れちょっと眩暈がしてきた。呼び方なんてどうでもいいよ。名前なんて記号に過ぎないし、そもそもまともに呼ばれたことなんか無い。
「綺麗なお姉さんには先生随分助けてもらってるからねえ。あ、お姉さんに福島が担任だよって言っておいて」
クサレバイタの陣営のモノか!?ならばこの仕打ちにも頷ける。僕を粘着質に尋問し今朝の鬱憤を晴らしているんだろう。どこまであの3Dの権力が食い込んでいるのか知らないが自分の教室内であっても全く気が抜けないことだけは理解した。
「にしても……美男美女の姉弟かあ。いいね!花があるよねえ!」
ニホンゴ話せ。どんな皮肉だよ。って誰が肉団子だ!!って言われてなかった!!
「この学校に推薦入学って。シューゾーもやっぱり優秀なんだねえ。先生と仲良くしてね!」
教師の皮肉が斜め上過ぎて理解がおっつかないし。一体何が目的でそんな妄言をノベテいるのか、オトナの話術の奥深さに戦慄をキンジエナイ。
想像以上に高く僕の前に建立されたリアルの壁。
僕はこれから始まるスクールライフという名の魑魅魍魎が巣食うバトルフィールドのど真ん中で、ただ立ち尽すことしか出来ないでいた。