遠まわし過ぎて
駅から学校までの道中、智花はこれから起こるであろうバラ色の学校生活を僕に語って聞かせる。
願望と妄想が入り混じり何のリアリティーも感じられない話だったが、僕がツッコミを入れようとすると「あ!私ちょっと部活行かなきゃ!さぼっちゃったし」と軽やかに部室棟のある校庭に走っていってしまった。
「……」
早々に『なるべく誰とも関わらない』というスローガンに影が刺すが……気持ちを切り替えて着実に遂行しなければ。
藤崎にも早めに伝えておこう。
僕に関わりあうとロクなことにならない、と。
僕は多少の緊張感を持って自分の下駄箱を開く。オーソドックスなイジメのかたちとしての『下駄箱』ってのは主役級の舞台である。大方ここからバラエティーに富んだイジメが始まると言っても過言では無い。ギャルゲで言えば『○ラナド』である。
誰もが一度は洗礼を受ける登竜門的存在。
それが。ゲ・タ・バ・コ・である。
のだが……
「……?」
なんだこれ。
丁寧に折り畳まれたレポート用紙のようだが。
僕はかさかさとそのレポート用紙を開いていく。
すると。
『どんまい』。そう真ん中にでっかく太いマジックで書かれており、その周りには放射線状に
『頑張れ』
『負けないでください』
『応援してます』
など、ゲキレイの言葉の羅列。
「……」
しばらくイジメの第一線から退いていた僕ではあるが……あまりのトリッキーさにしばしボーゼン。
この手紙(?)を見せられた僕は悲しめばいいのか恐れればいいのか。
僕の知ってるイジメの形と最近のソレは随分違ってるんだなあ。
……。
まさか。
この卒業式風の寄せ書きは『目障りだからどっか行け』という遠まわしな排除を示しているのだろうか?んー。でもなあ。回りくどすぎてよく分からない。コレ効果あるのかなあ?
僕が手紙とにらめっこをしていると
「おお、おはよ!なにしてんの!?」
ユズキカナが朝からカン高い声で挨拶をぶつけてきた。なんだか顔を合わす度に挙動不審なように見えるのは気のせいか?
「ん?なにそれ」
ひょい、と僕の手元にある手紙を覗き見るユズキカナ。正直訳が分からないので誰かの意見を聞きたいと思っていたトコロだった。
「げげ下駄箱に入ってたんだ。でも、わわ訳がわからなくて」
遠まわし過ぎて伝わらないイジメ、というものが世の中にあるんだろうか。
僕が知らないだけなのかなあ。
「あぁ……ま、そんなこともあるか」
挙動不審なユズキカナの意外な反応。この真っ赤な顔のモデルオンナには手紙の真意が推測可能のようだ。
「なな、なんなのかなコレ」
「なんなのかなって……応援してんじゃない?読んだままじゃん」
「……は?」
「いるんだよねぇこういうミーハーな女」
なぜかユズキカナは不機嫌なようで舌打ちしながら記名が無い事を悔しがっている。
イジメをするようなヤツが名乗ったりしないと思うんだがなあ。
僕が首を捻りながら納得のいかない顔をしていると、ソレに気付いたユズキカナはコホンと一回咳払いをした後説明を始める。
「あんたはこういう事分かんないだろうから分かり易く言うね」
「うう、うん」
「『立場をはっきりさせたヤツ』ってのはもちろん敵も増えるけど……味方になる物好きも少しはいるってこと」
「?」
「えーっと……わかんない?うぅん……まあ……その辺分かんないのがシューゾーのいいとこだと思うし……あたしはいいと思うよ。あは、あははは」
『立場をはっきり』?僕がソレなんだろうか?
ユズキカナの顔色は相変わらず真っ赤でまともに僕の顔を見もしないが、少なくとも言ってることにウソは無いように感じられる。
「ま、気にすんなよ!早く教室行かないと遅刻するよ!ほら!」
なにが嬉しいのか僕の背中をバンバンと乱暴にたたき移動を促すユズキカナ。
『どんまい』と書かれた手紙の真意は結局分からず仕舞いだったが……どうやらユズキカナの態度や言動からイジメの類では無いようで少しだけホッとした。