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ベクトルマン  作者: 連打
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ひらひらと舞い降りる

不摂生な中年アメリカンのような食事を済ませた僕はシャワーを浴びた後自室に戻った。



『一緒にベットで寝てあげようか?』



……。



と言う姉の悪夢のような提案に舌打ちで返事をした僕はきっちり鍵を閉めもぞもぞとベットに潜り込む。

なんせ疲れていた。肉体的にも精神的にもオーバーヒート、ギャルゲにさえ僕の手は伸びない。

ギャルゲも出来ないほど疲れているのだから姉の相手など出来る理由が見当たらない。

錯乱気味の肉親の姿ってのはココロがいたむなあ。



……さて。



『学校ではなるべく誰とも関わらない』のスローガンを決めた僕は可能な限りシミュレーションしてみる。


■case1


教科書わすれた。



→もうその日は勉強放棄。帰ってから復習しよう。



■case2


体育のペアで柔軟体操



→エボラ出血熱感染中をアピール。HIVでも可。



■case3


なんらかの配布物が回ってくる



→舌を出しヘビメタファンである旨を伝えよう。『ヘビメタファンならしょうがない』となるはず。




「なるかバカ」


「ふぉご!?」



ベッドの中の聖域に外部から攻撃。

突き出された姉のコブシは僕のみぞおちにめりこんだ。


「って、なななな」


「合鍵くらい作ってあんの。あたりまえでしょ」



あたりまえか!?じゃあカギってなに!?ほわあっつ、るーむきいいぃ!!



「ふとん取りに来ただけよ。そんな邪魔者扱いすることないじゃない」



姉はここのところずっと僕の部屋で寝ていたのでふとんを置きっぱなしにしていた。

几帳面に毎朝きっちり畳んであるところは姉らしいが……ここはお寺じゃねえしあんたは坊主じゃねえだろ。



「はい運んで」


人にモノを依頼する立場の人間がアゴで指し示す様子は、イラツキをビュンビュン通り越しいっそ清々しい。

どうか今後の人生において、このオンナが食べるであろう卵焼きに8割強の確率で卵の殻が入っていますように。



「……」


僕は大して広くも無い廊下を布団をかついでノタノタ歩く。壁に擦り付けながら、姉を引き連れて。


「あのさ」


後ろから付いてきた姉は僕に声を掛けた。


「理子ちゃんに……『もう近寄るな』って伝えた」


「……誰にちち近寄るなって?」



「あんた」



ずりずり壁に擦れる布団、姉の顔は見えない。

ただ言えるのは、あまり楽しそうでは無いということくらいだ。


「なななんでそんな……」


言いかけ、やめた。

気が付いたから。



姉は僕の為にしたことだろう。

でもそんなこと僕は望んでない。



理子は僕らを巻き込まないよう孤独に耐えていた。

でもそんなこと僕は望んでいなかった。



僕は理子を助けてあげたかった。

でも理子はそんなこと望んでいなかったかも。



ゴリは責任を感じ学校を辞めようとしてた。

でも2年のメンヘラ女はそんなこと望んでないに違いない。



2年のメンヘラ女の友人らは良かれと思って理子を陥れた。

でも誰もそんなこと望んでいるはずがない。



互い違いのベクトルは誰の理解を得ることも無く自分勝手に伸びていく。よかれと思い、相手の為になると信じて。

相互理解なんて望むべくもない、全部が全部それぞれの違うゴールに突き刺さる矢印の先。



「でもさ」


「……」


分かり合う、なんて勘違いでしかない。

『誰かのため』なんてエゴイストの寝言なんだ。



「あんたに私は謝らないから」



そうだ。

だから。

せめて自覚的であること。

この姉のように。


相手を傷付ける場合もあるだろうし思い通りにいかないこともある。

それはすべて自分がやったんだと、自分の責任であると。

そう言えるような行動を心掛けるべきなんだ。



そうすればきっと……ちょっとづつでもマシになれるんじゃないかな。

僕は姉が羨ましいと、多分初めて思った。スゴイと感じていた。








「ま、あんたにはもったいない位のコだったし。ボロ出す前に距離置いて正解でしょ?」



せめて……ジカク……



「気味の悪いポスター半日眺めてるようなオタクじゃねえ。あと人形のスカートめくって楽しいのあんた」



ひとの、えご……姉のように……



「あ、言おうかどうかさすがに迷ったんだけどさ。あんたの部屋くさい」





…………。








「ぬああああああああぁっっ!!だだ黙って聞いてりゃこのクサレぇっ!!」



「ああっ!!あんたちょっと!!なにしてんのよ!?ばかじゃないのっ!?」



マンションの外壁をなぞるようにひらひらと舞い降りる姉の布団。

窓から放り投げてやった。ざまあみろ。


「ひ、拾ってきなさい!!早く!!」


「い、いやだ!」



ごろーん。

僕は廊下で大の字になり団塊世代のストライキのごとく一歩も動かない意志を提示する!

断固うごきません!!そりゃもうダンコ!!



「あんた覚えてなさいよ!」


姉は夜中だというのにバタバタと騒がしく布団を拾いに走っていった。

どこぞの変態に拾われ、匂いを嗅がれ、卑猥な液体に汚されるのを恐れたのか。


ふ。


しょせんは3Dオンナ。

物質世界のくさびからは決して逃げることの叶わない不完全な生命体よ!!



僕は窓の外から微かに聞こえる『申し訳ありません、私のです』という悲鳴のような声をBGMに自室のベットに潜り込んだ。



当然……ドサクサに紛れて合鍵は回収済みだ。







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