〔リコ編〕なかよくね(理子サイド)
やっと終わったんだと……クラスメイトと一緒に行ったファーストフード店の帰り道、実感していた。
こんな放課後は高校生になってから初めてで、新鮮だった。
とりとめない会話をだらだらと続け、途切れたと思ったらまた会話が始まる。
そんなゆっくりとした時間に身を委ねていたら、もうすっかり日は暮れていた。
特に門限なんか決まってはいないんだけどこんなに遅くなったのは中学校のときから考えても始めてなんじゃないかな?ちゃんとお母さんに謝らなければお父さんに進言するかも。
……それもいいか。
今日は特別。
いつもの帰り道、あの自販機のネオンさえ2割増しで輝いてるように見えるそんな今日。
19時を少し回った駅前のコンビニエンスストア。そこに。
「こんばんは」
古都センパイが立っていた。
「こんばんはですっ!」
やっぱり!
古都センパイは分かってくれている!
シューゾー君にはすごく申し訳なかったけど……きっとみんなうまくいったんだ!
結局原因も結果も分からなかったけど、きっとそういうものなんだ。
『誰かが誰かを憎んでる』なんて状態がそんなに長く続くわけ無い。
あの壇上では私がクラスのみんなをシューゾー君から遠ざけるのが正解だったんだ。でもでも。シューゾー君には明日きっちり謝っておかなきゃ。
私のために頑張ってくれたんだろうから。
シューゾー君が来てくれて本当に嬉しかったのは間違い無いんだから。
私は古都センパイに駆け寄ろうと
した瞬間
突き出された
センパイの手の平。
「……良かったね。クラスに溶け込んだ?」
突き出された手の平。まるで私を拒絶するかのような手の平。
古都センパイはその姿勢を崩そうとはしなかった。
「あ……ハイ!シューゾー君のおかげです!明日にでも……」
違和感は拭えないままだった。
でも私はその手の平越しにそう言った。ちゃんとお礼をしないと……
「あいつに近寄らないで」
「……え」
すっかり暗くなった歩道で私と古都センパイは手の平越しに向かい合っていた。
車道では車が行き交い、そのライトが古都センパイの凛とした横顔をなめる様に照らすと。
「それだけ言いにきたの。もう近寄らないで」
頭が真っ白になる。
だって……怒っている。
あの古都センパイが怒っている。
私は怖くてなにも考えられない。
私は足が竦む、という感覚を初めて経験していた。
「じゃ、よろしく」
くるんとその身を返し淀み無い足取りで歩き出すセンパイ。
そこにはなんの躊躇もない。機械的で、冷徹な動作。
「……な」
そんなバカな。私がシューゾー君に会うって事をいくらお姉さんだからって!
こんな言い分があるだろうか?
私は必死に声を絞り出す。
ここで黙っていたら……私はもう本当にシューゾー君と会えなくなる。
危機感と寂しさに背中を押され
私は必死に声を……出す!
「なんで……ですか?」
蚊の鳴くような声しか出なかったが、それでも古都センパイは止まってくれた。
チカチカと車のヘッドライトの中で顔を半分だけ私に向ける姿は、女の私でもハッとするほど綺麗で……それだけに……とんでもなく怖かった。
「世の中はあなたが思ってるようにピンク色じゃないの」
「……え……」
「学校っていうのは訓練機関の側面も大きくて、対人関係を自分に合った方法で自分に合った手段を構築する場所でもあるのね」
「いや……あ、あの」
流水のような言葉に気後れする。迷わない。躊躇わない。
古都センパイは困惑する私とは全く異質の存在だ。
「で、あなたの対人関係の築き方は……つまらないの」
「つ……つまら、」
「八方美人は確かに賢いやり方だし大体の、特に女性はそうあるべきだともチラっと思うんだけど」
「あの……センぱ」
「そのつまんない方法で私の弟までつまんなくさせて欲しくない」
「……」
「あなたの『手段』を止めろ、とは言わないしそんなつもりもないんだけど。よそでやってくれない?」
じゃみんな、なかよくね。
そう言って古都センパイは……もう振り向かなかった。
明確な『敵意』を真っ直ぐに向けられた私は……それだけで足の震えが止まらなくて。
古都センパイの背中が見えなくなるまで、そこから視線を外すことさえ出来なかった。