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ベクトルマン  作者: 連打
64/189

〔リコ編〕眼前に、肛門が


びろーん。


職員室から開放された僕は足を引きずるように校庭を歩いていると


びろーん、と伸びた僕の影。

すっかり夕方だった。


「……」


厳重注意で収まってしまった。

まあ殆どなんにもしてないからそんなもんなんだろうけど。

とはいえ……『なんにもしてない』って殊更強調されてしまうと、自分の無力さ加減に悲しくもなってしまうわけで。


とたとた。


「……」


僕の足元に小さな影。


猫である。しなやかにゆっくり、優雅に歩くノラ猫のピンとあがった尻尾。

己のかわいさにかまけ、生存競争を生き抜けるはずもないポテンシャルしか持ち合わせていない愛玩動物の代表格。プロの媚テクを生まれながらに装備した完全なる『被保護者』。


その脆弱な生命が僕のびろーんと伸びた影に重なった。



「……」


進行方向は同じ、僕の足元をするりとかわし……とたとたと僕を追い抜いていく。


「……」


なぜ。

割とメンタル的なダメージを負い、なるべく色んなこと考えないようにしながら夕日をバックにいざ帰らんとする僕の目の前。


「…………」


必死な空回りを滑稽に晒し道化にすらなれなかった。みじめな自己陶酔の果てに得たものは『厳重注意』という誰も得しないぬるっとしたゴール。


「…………」


多少のセンチメンタルをちょっとだけ噛み締める、そんな余裕すら与えないと言うのか。神様は敗者のビガクってヤツの演出まで踏みにじるつもりなのか。


なぜ。



僕は猫の肛門を見せ付けられながら帰らなくちゃいけないのか?


くっきりはっきり見えているのだ。


眼前に、肛門が。


「……」


目を逸らせばいい!?

なぜ!!


なぜ僕が愛玩動物の肛門から逃げなくてはいけないのか!?その夕日に照らされたバームクーヘンみたいなケツの穴から逃げる?僕が?


明日からでも始まるであろう僕に対する迫害、慣れがあるとはいえ憂鬱な事実である事はイナメナイ。誰のせいでもない、単純に僕がそうしようとしてそうなった。それはいい。文句はまるで無い。


しかし。


「……」



その優雅な肛門は!恥辱と謙虚さを持たないケモノのその露わな肛門からは!


僕は逃げない!逃げないぞ!!


僕は腰を少しだけ落とし食い入るように凝視する。そのバームクーヘンの真ん中に風穴を開ける勢いで視線を走らせる。

キサマに真の羞恥心など望むべくも無いがこれは気概。覚悟。


僕は逃げない。


数の暴力から。


蔑む視線から。


そして、その肛門から。



「……しゅ、シューゾーくん?」


ぐるぐると巡るイジメの力学をそのケツの穴に全部ねじ込んでやる!待ってろよコノヤロウ!


「け……ケツ?」


結局僕には『負けてない』と思うことが関の山、大した事は出来ない。ええええ分かってます。思い知ってマス!!でも!!


「……そそ、その肛門に僕は誓う!僕は……」


「シューゾーくんってば!!」


「うわあああ!?……って、と智花?」


いつからいたんだろうか?

すぐ後ろから僕の方を掴み大声を張り上げた智花。ちょっと驚いた。


「結構前からずっといたのにぃ。校門がどうしたの?」


「いや、べべ別に……」


「ん?」


智花は首を傾げ僕の挙動を観察する。一方僕は……『ヤツ』の姿を探していた。

一緒じゃなかったのかな?


「ふ、藤崎は?」


僕は惨めに玉砕したが藤崎はちゃんと僕の無茶な頼みを聞いてくれた恩人である。一言謝らなければ気がすまない。


「あーアイツ……大丈夫なんじゃないかなあー……多分」


あはは、と力の無い笑顔を振りまき自分の頭に手をやりながら『ダイジョブダイジョブ』と僕の肩を叩く智花。


「……」


今日はもう帰宅してしまったんだろうか?なら明日顔を合わせたらこっそり言おう。もう僕にはあまり関わらないほうがいいだろうし。どうしてもありがとうってだけは伝えておきたいなあ。


「あ、とと智花」


「ん?なに?」


「ああ明日からでいいから……僕にはああ、あんまり話しかけないでほしいんだ」


「え?」


「僕ならなな、慣れてるしだ大丈夫だから」


「……」


ある程度の事情は分かっているのだろう。

智花は何も言わずただ俯いている。

まあハナからクラスメイトとすら交流の無かった僕はそこまで変化は無いだろう。でも智花や藤崎はちゃんと社交的に振舞うことの出来る人種だし、そこまで迷惑をかけるのはいくらなんでも気が引ける。


びろーんと伸びた二つの影。

一定の距離を保ったまま移動していたソレがふ、と離れていく。



「……」


今日、今からってことかな?ま、早いほうがいい。

そのほうがきっと円満な学校生活を送れるのだ。僕は了承の意を表す代わりにスタスタと歩き出す。

進む影ひとつ。

動かない影ひとつ。


……帰って姉の説教でも聴こう。当然事態は把握してるだろうし。

今日はどうせもう説教さんざん聞いたからそりゃ慣れるってもんだ。今なら変人親父のイヤミだって聞いてやる。



「シューゾーくんってさ!!」


「……?」


結構な距離が開いてから、智花は声を張り上げる。逆光で表情は分からないが。


「私がいじめられててもおんなじようにしてくれた!?」


「うん」


僕は多分智花が『やめて』と言ったとしても聞かない。藤崎がイジメの対象だったとしても同じこと。

僕はそういう自分勝手なヤツなんだ。

無視される理子の背中を眺めていた時のクソみたいな気分。


アレ、嫌い。


僕自身がイヤなのだ。



「だよね!そんな気してた!確認!」


じゃあ、そういって踵を返す智花。全く逆方向に駆け出す背中。

どうやら帰り道は全然違う方面だったらしく、わざわざ僕を待っていてくれたんだろうかと。


「……」


どこまでも。


僕はミジュクモノだなあ。



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