〔リコ編〕うまく笑えてるだろうか(カナサイド)
「どこ行くんだよ」
がっしりと食い込むような梶の手の平は手首を掴んだだけであたしの行動を完全に制圧した。
「離せよ」
自分でもどうかと思う程タチの悪そうな低い声。
先生達が合唱会場に戻り、喧騒の原因であるシューゾーを取り囲んでいる頃、あたしと梶は出入り口でモメていた。
ってか意味わかんない。
「だからどこいくんだって聞いてんだろうが」
「てめえに許可がいるのかよ!離せよ!」
ガキっぽい言いがかりなのは分かってる。でも……これじゃあ、あんまりだよ!
シューゾーは確かに勝手に理子のクラスに難癖付けて自滅したかも知れないけど、間違っていたかも知れないのは『手段』だけだろ!?
このまま理子っち行かせたら……シューゾーの『目的』まで間違ってたみたいじゃないか!
「まあ聞け」
「あんたムカつかないの!?シューゾーはちゃんとハラ括ってた!なのにまともに相手もせずニヤニヤ退場させるの!?」
「落ち着けって。お前の言ってる事も分かるし……その……なんだ、」
「なんだよ!?」
「ま薄々感じてはいたんだが……お前のあのバカに対する気持ちっつーのか?ちゃんとマジだって分かったから、な」
「はあああああああ!?ななななななななにをこんな時に言っちゃってんのよ!!いまそれ関係ある!?ねえ!!関係あんの!?」
「否定はしねえんだな」
「ば!?ちょ、なにあんたニヤニヤしてんの!?ち!ちがくて!!マジちがくて!!そんなんじゃねえし!!」
なんだコイツ!?
チョーむかつく!!むかちゅくぅっ!!
だいたいあたしだって持て余してんだから!!訳わかんなくなるんだから!!
「だから……お前が理子に対して何言ったトコであいつの『負け』を認めるようなもんなんだよ」
「わかんない!!」
負けてんじゃんか!!全然負けてんじゃんかよ!!
ってかバカみたいな握力してんじゃねえし!!ブレスしてっから食い込んで痛いし!!
「勝敗くらい自分で決めるんだよアレは。てめえも見たろあいつの本性」
「……本、性?」
屋上で。
転落死する寸前だった次の瞬間……その笑顔。怖い笑顔。
「アレは新木サンとおんなじ種類の目だ。中途半端に手ェ出すと怪我するのはいつも相手側、んであの理子のクラスの性悪共はこの上なく……ハンパ者の集まりだった」
「……」
「ま、なにより……諦めないんだろ?」
梶がふい、とあたしから視線を逸らしたその先。
合唱を終え座席に戻っていく生徒。
これから歌うクラスの一団。
そのざわざわとした空間の隙間に見えた影。
「……なな、なんの事だよ」
……シューゾー。
鼻にはティッシュをねじ込み……周囲の生徒からの沢山の好奇の視線に晒されながら、シューゾーはそれでも前を向いていた。
「ってか俺の出番まだか?」
「……」
「暇なんだがなあ」
「……」
梶の存在感はデカい。
図体ももちろんデカいんだけど……威圧感って言えばいいんだろうか?
人が密集したこんな場所であっても周りの空気を無意識に支配する。
現に周りの生徒は学年に関わらず殆どの者が口を閉ざしていた。
「つつツケにしといて」
「あのなあ。俺は」
「あああんたの事情はしし知らない」
「……ケッ。図々しい野郎だ」
ぬう、と複数の生徒の頭の上を……梶の、制服の上からでも分かる筋肉質な腕がゆっくりと移動する。
「とりあえず理子は?」
言葉と一緒にシューゾーに向けられた梶の掌。
「たた多分だ大丈夫」
「標的てめえになったみてえだしな。めでたしめでたしだ」
「まま……全くだ」
パチン。
シューゾーは伸ばされた梶の掌を少しだけ乱暴に叩く。
あたしは梶みたいにリーチが無いから……障害物にしか見えない周りの生徒の間に身体をねじ込み腕を伸ばす。
「お……おつかれシューゾー」
うまく笑えてるだろうか。あんたは間違ってない、と伝わってくれただろうか。
パチン。
確かにあたしの掌に伝わる感触。顔を上げたあたしが見たのは少し照れた表情のシューゾーの苦笑い。
教師たちに連行されるように合唱会場を出て行くシューゾーの背中が徐々に見えなくなって行く。まあこれから小一時間ばかり説教でも喰らうんだろう。
「……」
はあ。
変なヤツ。
あたしはきっと……恋をしてるんだ。
だからかなあ。
ちょっと理子っちが……いや、こんなトコで見栄を張るのはやめよ。
うらやましんだよ!!悪い!?
「おいカナ?」
「なによっ!?」
「なにキレてんだお前は……おっかねえな」
いいなあ!
想われてんだもんなあ!!
くっそおーっ!!