〔リコ編〕ふじさきぃぃぃっ!(智花サイド)
「……なんなのよ、まったく」
職員室は大渋滞。その中心には……藤崎。
油汗も品切れなんじゃないだろうか?とっくに合唱は始まってる時間だし、ここまで藤崎はよくやったと思う(つい上から目線、ま藤崎だからいっか)。
『お願い!廊下でコッソリ見ててくれればいいから!』
何がなんだか分からないまま、藤崎にそう言われた私は状況を廊下から覗いていたんだが……どうやら先生達を全員足止めしなくてはならないらしい。
これがシューゾー君の頼みだったのかと気が付くころには、藤崎は教師たちに取り囲まれ無数の視線に晒されていた。
しかしまあ……藤崎もよくやるなあ。いくらシューゾー君の頼みだからって普通に考えたら無理だよねえ。
相談がある、みたいなことを言いつつ先生たちを引き止めていたようだが……そろそろ限界っぽいなあ。そりゃそうだよね、何にも考えてなかったんだろうし。
そもそもが無理難題なんだよ。
「……」
んんー、ちょっと……飽きた。
ま、このへんでお開きっぽいし合唱会場行こうかな。
シューゾー君がナニやってんのかも気になるし、むしろそっちの方に興味引かれちゃうのよねぇ。
地味な裏方に必死な姿の藤崎には悪いけど……オイトマするとしよう。
私は廊下で音を立てないようにするりと方向転換すると、すり足しながら職員室を離脱する。
なんだったんだろ?
藤崎は私に自分の脂汗を見せ付けるために呼んだんだろうか?酔狂なコトだ。
大方ビビっちゃって誰でもいいから頼りたかったってところだろうが……結構社会はシビアなのよねえ。絶対藤崎って損するタイプだ。
せっかく顔は良くても……もったいないもったいない。
がし
え?
「このこ!この子です!」
いきなり腕を掴まれた私はビックリすることも忘れ勢いよく振り向くと、そこにはいつの間にか藤崎の切羽詰まった顔がドアップで展開されていた。
「ちょっと智花……ホントなの?」
職員室の先生たちの視線は全て……そう、例外なく全部私に向けられていて、その中には私に声を掛ける担任の福島先生の不安げな表情もあった。
「え?……な、なにが?え?」
私の腕を掴んで話さない藤崎、集まる先生たちの視線。
全く状況が飲み込めない。なに?なんなの!?
「今藤崎君から聞いたよ……いや、言いにくいのは分かってるし……こんなにいっぱい先生いたら余計言いづらいのは承知してるけど……」
福島先生は教室でも聞いたことないような優しい声で私に発言を促す。頭に自分の片手を置きゆっくりと近づいてくる福島先生。ってか、わかんないし!なんなのよ!!
「先生は違うよ」
「……へ?」
私の肩を軽く掴み私の目から1ミリたりとも視線を外すことなくそう私に告げる福島先生。
って、違うってなに!?
「でもね、別にいいじゃない。人を愛するってすごいことだと……先生思うなあ」
「 ?」
私の思考は完全に停止。
「いいのいいの智花!恥ずべきことは何もない!何も言わなくていい!」
「 △ 」
……まさか。
「先生は智花の気持ちには応えられないけど……あなたの気持ち素直に嬉しいと思う」
まさかフジサキあんた。
そのフジサキは私の腕を掴んでいるものの頑なに私の顔を見ようとはしない。ってか見れるもんなら見てみろよフジサキ。
「同性愛に偏見なんて、今時ナンセンス!頑張っていこう智花!!先生応援するから!!あ!でも先生はノーマルだから!あは……あはははは」
私は先生のゲキレイを申し訳ないがシカトし、ずうずうしくも私の腕をずっと掴んでいるフジサキにコンタクトを取ることにする。
こういうオトコに激高は逆効果、あくまで冷静にクールに対応するのだ。
だって今ここで私が否定しようもんなら返ってアヤシク見えちゃうもんね!
それくらい分かってるんだもんね!!
クールに。
そう、クレバーに。
…………。
「ふじさきぃぃぃっ!!」
「うわあああああぁぁぁっ!!!!ごめん!!って痛い!!いたいって!!」
ケツ、蹴ってやる。そう思ってケツ蹴ってやった。
4回。
「だって無理だよ!!僕だけじゃ無理だったんだよ!!」
「うるさい!!誰が同性愛者だって!?言ってみなよ!!この口で言ってごらんなさい!!ほら早く!!」
私が鷲掴みしたフジサキの顔、その口元から漏れる呼吸でさえ忌々しい!!
ヒトをダシに!
言うに事欠いて私が先生にZOKKONだとおっ!?
「だってしょうがないじゃないかぁ……ごめんよう」
「ちょ、智花?藤崎君も。いったいこれはどういうこと!?」
私のクレバーな対応に違和感を持ったのか、福島先生はヘタレフジサキの出来の悪い呪縛から解き放たれようとしている。
私はこのチャンスに全力で誤解を解きに掛かる。
それこそ初恋の男の子の話から初体験のエピソード、時に微に入り細を穿つような詳細な事柄から比喩たっぷりのジョークを交えた事柄まで。
分かりやすく誤解の余地の無い完璧な『ノーマル宣言』を刷り込むように福島先生にぶつけた。
「ナニが目的であんなウソついたの?」
すっかり氷解したフジサキの妄言、その瞬間ちりぢりになっていく先生たち。
福島先生はフジサキの責任を追及せんと、腰に手をあて正座をさせたフジサキの眼前に仁王立ちしていた。
「いや……あのですね……」
「聞こえません!はっきり言うまで家には帰れないと思いなさい!」
フジサキの目的である『先生たち全員の足止め』が失敗に終わったのは心苦しいが、レズビアンにされてはカナワナイ。私にはこれから彼氏作ったりしなくちゃならないんだから。
でも……シューゾー君……大丈夫かな。それだけが心に引っかかっていた。
他の先生たちは『まったく人騒がせな』とはき捨て職員室を後にするべく扉の方へ向かうその瞬間、がらりと扉が開いた。
「なるほどなるほど」
先生たちに立ちふさがる格好で扉の前に現れた女生徒……整った顔立ち、可憐なスタイルもそうだが。
一番に感じるのは凛とした佇まい、冬のつららのような涼しげで鋭利な空気を纏った3年生。
新木古都、シューゾー君のお姉さんだった。
「先生方はご存知ですか?」
あまり口元は動いてないのだが不思議と頭に響く新木センパイの声。
「良心の異常な欠如、他者に対する冷淡さや共感のなさ、慢性的に平然と嘘をつく、行動に対する責任が全く取れない、罪悪感が全く無い、過大な自尊心で自己中心的、口達者……」
スラスラと朗々と宣言するように、誰に伝えているのかもわからなくなるような……祝詞の刃は先生たちの耳にするりと入り込む。
私は断じてレズビアンではないが……新木センパイに見惚れてしまっていた。
「その男子生徒には明らかにその兆候が伺えます」
センパイはチラリとフジサキを見下ろしそう宣言した。
「兆候?」
福島先生がセンパイに問うように視線を泳がせる。
それは他の先生たちも同様にセンパイの『御宣託』を待つ。
なにやら荘厳な気配さえ漂わせているセンパイは、次の瞬間一縷の迷いもなくこう言い放った。
「反社会性パーソナリティ障害、いわゆるサイコパス。ここで何らかの対処をその男子生徒に施しておかなくては、学校始まって以来の」
殺人者が出るかもしれませんよ、と。
新木センパイは宣言する。
この時のことは忘れない。
センパイが先生たちを煙に巻き、絡めとり、フジサキを快楽殺人者の卵に仕立て上げ『先生たちの足止め』を難なく遂行してしまったこと……
ひとりの女生徒がこんなにも邪悪に、且つ綺麗に見えたことなど生まれて初めての経験だったから。
シューゾー君も、ちょっとどうかと思う変人なのは最近分かってきたことだったけど。
お姉さんの方はモハヤ完成された狂気。
フジサキ……
今回ばかりはあんたに同情し、レズ疑惑の件は不問にしようと思った。