〔リコ編〕どうなってんのあんた!?(カナサイド)
関係は……ない。
理子っち(まだ本人にこの呼び方をしたことはない)にとってはとばっちりでいい迷惑だろう。
そんなコトは梶だって承知してる。梶だって理子っちに申し訳ないと思う反面、何も出来ない自分にハラが立っているはずで。
『なにも出来ない』っていうのは梶が2年の女生徒に対して感じている罪悪感に基づくもので。
噂を流した2年の一派だって理子っちに恨みがある訳じゃない、ただ落ち込む友人を気遣っての行動がおかしな方向に向いただけで。
みんながちょっとづつ卑怯で優しくて、梶はそれを知っているからがんじがらめで動けない。そういうことで。
「……わりい。俺には何にも出来ねえ」
当然だと思う。
梶の気持ちは分からなくはない。っていうか、そりゃそうだと思う。
元凶だと言って言えなくもない張本人が、どのツラ下げて事態の収拾に動けるのか?
屋上でうな垂れるのが関の山、この上梶にナニを望むのか?
一体シューゾーはナニを考えているのだろうか?
「理子を……たた助ける。手伝ってく、くれ」
あたしにはシューゾーがもはや残酷に見えている。梶の気持ちや2年の女の子の苦悩を……
「は、早く行こう。合唱はは始まってる」
関係ない、そう言い放つシューゾーは
「だから……何するつもりだか知らないが俺には」
幼さからくる冷酷さみたいなものが滲み出ていた。
「じゃあ、しょ勝負だ」
シューゾーは言った。割とオトナしめのテンションで。
「シューゾー、あんたいいかげんにしなよ」
黙っていられなかった。梶の逡巡が分からない年齢でもないだろうに。
妊娠出来ないってのがオンナにとってどれほど一大事なのか想像しないんだろうか?その責任を感じている梶にナニをさせるつもりなのか。
あたしの恋心とは関係ないところで、あたしはシューゾーにハラを立てているんだと思う。人間として未熟なんだろうか?
「ぼぼ僕が勝ったら何でも言うこと聞いてくれ。あんたが勝ったら……ここ、このまま帰ってくれていい。どうせ僕がかか勝つし」
「っておい!人のハナシ聞けよ!」
あたしには視線すら寄越さずシューゾーはスタスタと梶から離れていく。梶はただ黙ってシューゾーの背中を睨み付けていた。
「わわ腕力じゃ敵わない……ってかあんたに力で対抗するってのが、まま間違いだ。だから」
こころの勝負だ、そう言ってシューゾーは校舎の縁によいしょと足を掛けた。
屋上である。
強風である。
落ちたらタダでは済まないのである。
「……っておい!マジで危ないし!なにやってんだよシューゾー!!」
見るからに足元が覚束ない。
フェンスの無い屋上の縁でシューゾーは足を震わせながら、それでもその場から動こうとはしないで居る。
「僕は今から、とと飛び降りる」
…………。
なんで?
なんで?
あたしはなんだかよく分からない。どれだけ考えてもシューゾーが屋上から飛び降りなきゃならない理由が見当たらない。
「なに言ってんだてめえは。それこそ俺にゃカンケーねえ。飛びたきゃ勝手に飛べ」
それは、そうだろう。
まさか本気ではないにしろ、そんなおかしな冗談に付き合っていられる余裕は梶には全く無いのだ。
「あんたがぼぼぼ僕を止めたら、僕の勝ちだ。とと止めなければ……あんたのかか勝ち」
「しらねえよ」
真意がよく分からない。
何が目的でシューゾーはこんな事をしているんだろうか?
「……ま、まあ。自殺者がでで、出れば理子どころじゃないだろうし……ツジツマは、ああ合う、かな」
ぼそりと聞こえたシューゾーの呟き。
・・・・
たまたまだった。偶然風が止んだ、だから聞こえたのだ。聞こえなくてもまったく不思議じゃない。むしろ聞こえなくて当たり前の強風。囁く様なつぶやき。
その聞こえた事実の偶然に鳥肌が止まらない。
「シューゾー!!」
あたしは思っていた。ずっと感じていた事を
「あんた……あんたって……」
このタイミングで聞く?
でも
このシューゾーの行動が……冗談に聞こえない!なんで!?こんなのおかしい!!
こんなことをする根拠がひとつしか思いつかない!
「理子のこと……そんなに惚れてんの?」
それしかないじゃん!!動機も根拠もわかんないけど……それくらいしか理由らしい理由って……
あたしは恐る恐るシューゾーの顔を確認する。カオを見ればすぐ分かる。その辺の観察眼には自信があるんだ。ダテに恋愛体質を自認してる訳じゃない。『恋多きオンナ』の洞察力ナメンな!!
「って!!なんでビックリしてんの!?どうなってんのあんた!?」
シューゾーの前髪の奥、二つの瞳は明らかに狼狽している。しているんだけど……
アレは違う。あの目は、なんて言うか……うどんだと思っていたものがパスタだったとか?
……ううん、違う……猫だと思ってたらちっさいコタツだった?……
あああ!!分かんない!!
とにかく違うのは分かる!!恋愛絡みの感情があれば、あんなマヌケな目はしないもん!!いやいや、絶対そうだもん!!希望的カンソクじゃ絶対ないもん!!
「ざざ、斬新な、は発言するなあ」
びっくりした、そう漏らし頭をポリポリ掻きながらあたしに初めて視線を向けるシューゾー。
本当にそんなコトは思っていなかったようで……なぜかあたしの方が気恥ずかしくなる。
「じゃ、じゃあ一体何なのよ!?言っとくけどそこチョー危ないから!!進行形で危ないまんまなんだからね!!」
イジメなんてすぐ終わる!時間が経てばみんな飽きるし!
あんたがなんで屋上から飛ぶってハナシになんのかさっぱり……
「りり、理子はいいやつでしょ?」
ぼそりとシューゾーが呟く。
「あ……ああ、そうだな」
そう思う。理子っちを知れば苛めたいなんて普通の感覚なら思いもよらないはずだ。
「ぼぼ、僕は理子がだだ、大事なんだ。多分ごごゴリだってそうだろ」
梶は返事をしない。ただ風の中シューゾーを睨み付けている。
「だだ、だから……」
また頭を掻きだすシューゾー。少しだけ照れ隠しのようにも見える表情はナニを意よ味しているのか……屋上の縁で風に晒されながら言葉を続ける。
「ぼぼ、僕は、僕より……理子が好きだし大事なんだよ」
「え?」
好きだ、という発言に動揺するが……あたしはそんな動揺が可愛い物だとすぐ思い知る。
欠落感がハンパ無い、のだ。
「僕がしし死んでも……りり理子の『いいやつさ』には関係ないだろ?だったら……こっから飛ぶことで矛先がぼぼ僕に向かうなら……そそ、それはそれでいい」
……。
…………。
……………………。
おかしすぎる。
シューゾーはおかしすぎる。
シューゾーには他人の視点が完全に抜け落ちている。
相手の気持ちとか心の機微、そういったものが……『足りない』のではなく『無い』のだ。
そんなことで理子が喜ぶわけ無いのに、そんなこと誰でも分かるのに。
照れ笑いするシューゾーが、今は薄ら寒く見えた。
全部を『関係ない』と断言するシューゾーに感じた違和感、危ういバランスで成り立っているこのイケメンの男の子は……ひょっとしたら……とんでもなく危険な『コドモ』なんじゃないだろうか?