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ベクトルマン  作者: 連打
54/189

〔リコ編〕→逃げない


……さて。

結局藤崎は首を縦に振らなかったが心配はしていない。アイツはイケメンなので大丈夫。そう思う。

本番はここからなのだ。


僕は3年生の教室が立ち並ぶ3階の廊下で電柱のように突っ立っていた。今日ヤツがヒサシブリに登校しているらしい事は先ほど頼みもしないのに姉が教えてくれていた。中心で元凶、筋肉のジャケットを纏ったDQN。僕はヤツにも言いたいことがあるのだ。


「おう……なんか久し振りだな」


らしくない。あんたは人の目を見られないなんてデリケートな感情は1メモリだって持ち合わせてなかったろう?

廊下には不自然な程生徒はいない。昼休みだというのに極端過ぎる静けさが廊下を支配している。


「てめえにも挨拶に行くトコだったんだが……俺、ガッコやめるわ」


ざわざわと教室側の窓に張り付き僕とゴリの様子を伺う3年生たち。やはりコイツ、よくも悪くも有名人なのだ。生徒たちの関心度が群を抜いている。そのゴリはといえば、苦笑いを浮かべながら自分の頭をコリコリと掻く。


「俺も色々あってな。ケジメっつーのか、そんなもんだ」


登校していなかった間、ゴリに何があったのか?恐らく事情を察知し責任を感じ後悔もしたろうし柄にも無く反省だってしたんだろう。あの被害者ぶったいけ好かない2年の女生徒にも会いに行ったのかも知れないし、学校辞めて結婚でもするのか?ん?……そういや高校生って結婚とか出来たっけか?


「ちょっと理子にも挨拶してくっから」


最後まで僕の目を見ず、ゴリは僕の肩に手の平を乗せるとすり抜けるように歩き出す。いったいなんだ。これはなんだ。

僕は。


「……」


ゴリがすり抜けていた空間の先、教室の中からの視線にふと気付く。

つまらなそうに肘を窓枠につきこちらを眺める姉、その隣でなんだか心配そうに僕を見詰めるユズキカナ。

ということは……あの教室は特進クラスか。ドウリで野次馬が他の教室に比べ格段に多い。窓から溢れんばかりだ。


僕は。


「……お、おい!!」


「……」


僕の呼びかけに無言で振り向くゴリ、廊下の空気が圧縮されていくようなおかしな緊張感。

ザワザワとした喧騒さえ一切無くなったように感じた。


僕は!!


ぱん、と弾けた様に廊下の景色が僕の後ろへ飛んでいく。昔に比べ格段に質量を減らした僕の体は驚く程軽く、一直線にゴリとの間合いを詰める。

わからない!わからないが……これはつまらない!かといって僕に出来ることなんか無い!でも僕の体は勝手に物凄い速さで詰めた間合いを有効に活用するべく流れるように動いていく。


ぎりりと握った手のひら、コレをこのクソバカに突き刺すのだ!出来る!ジャンプとかで何度も見てるからね!

昨日は情けない体たらくを晒しましたが!

今日の僕は違う!気がする!……気がするってなんだよ!?違うんだよ!!


見よ!この十分に捻った腰と長い助走から繰り出すパンチ!

ゴリの顎を今まさに粉砕せんと呻りをあげておる!ほうら、もう届く!鋭い!昨日は成し得なかったクリーンヒットで華麗に僕の初勝利を飾ってy


「、ぶぶ」


……。


あれ?なんか……天井が。

と思うと同時、僕の背中にどうん!と結構シャレにならない衝撃。つつ、とハナから異物感を感じ触れてみると、昨日に引き続き鼻血が。……なにがなんだか。


「見事に跳ね返されちゃって……でもまあお姉ちゃんはあんたの成長を嬉しく思ってるよ」


「だだ大丈夫か!?思いっきりクロスで入ってたぞ!!」


おおう。少し離れた場所に居たはずの姉とユズキカナが僕の頭上でやいのやいのしてる。……ってか、こんなトコまで殴り飛ばされたのか?


「ワリー、いきなり殴りかかって来たからつい殴っちまった」


てて手加減しろよゴリラヤロウ!!僕は喧嘩なんてド素人なんだぞ!!イージーモードでひとつどうかよろしく!!


「悪かったな。おとなしく殴られてやるのがスジなんだろうが、まあ勘弁してくれ。そのうちすきなだk」


「しょしょ、勝負だヤリ逃げエロゴリラ!!」


へたり込んだ態勢から放たれる僕の言葉に凍りつく3年の生徒たち。


「てめ……いま、なんつった」


割れたガラスの上を歩くようなギシギシとした静寂。そこで初めて真っ直ぐ見たゴリの目は……おおう、とんでもなくオコッテラッシャル。


「周蔵。……いまのはマズイよ」


「ヤベエぞ!謝っちまえよ!殺されるぞ!」


口々に僕の窮地を理解させようとする姉、ユズキコンビ。ってか解ってんだからそういうこと言うなよなあ。本気で逃げたくなるじゃないか。



   逃げる


  →逃げない



そうだよなあ。解ってんだってば。



「どど、童貞の僕におお教えてくれよ!!そそそそんなにキモチいいのかセックスって!!」


「ばか!!周蔵!?」


「やめろって!ホントにやられるぞ!!」


事情をある程度知ってるであろう姉、ユズキコンビのウロタエぶりから察するに、やはり今僕は相当ピンチのように推測できた。


「どういう冗談だか知らねえが、今俺は余裕がねんだよ」


じりじり近寄るゴリの目は完全に肉食獣。ってゴリラって肉食だったっけか?……まあどうでもいいか。


「じょじょ冗談じゃないよ」


「……ぁあ?」


「そそその野生の性欲で、次のええ獲物探すのか?いい忙しいな!」


「……」


ご、と僕の顎が跳ね上がった。はやり昨日の喧嘩なんてヌルい。ゴリの威圧感に比べたらなんてコトないじゃれ合い程度にしか思えない。大体表情一つ変えず人間の顎を蹴り上げるなんて、どこのギャングだよ!?


「なんのつもりだ?ぁあおい?」


おおおおっかねえ!!!!なにその迫力!?その目!!

絶対コイツ殺人経験者だろ!!


「……ちょっと梶君」


「なんだよ。新木サンだって聞いたろ?ジゴウジトクだ」


姉の声にかろうじて反応するゴリの目はずっと僕を捉えて離さない。


「姉ちゃんに助けてもらおうってか?情けねえなら情けないナリ縮こまってりゃいんだよ」


「それはあんただ。どのツラ提げて理子に会いに行くんだよ」


おおう。いま噛まなかったよ僕!!調子いいな!!


「……てめぇ」


「その情けないアタマで考えろ!今のあんたが会いに行ったって……迷惑なだけなんだ!!」


理子は自分のせいだと思うだろう。ゴリの退学も被害者ぶった2年のウソクサイ悲しみも。

あいつがそういうやつだから僕らは苦労してんだ!!


「……周蔵」


それをこのイカレた筋肉は自分の都合だけで!!何様!?

僕を心配そうに見詰めるこの姉が傍観決め込んでたのもこんな事態を避けるためなんだよ!!なんでそんな簡単な事が解らないんだ!!


ぬああああ!!


む か つ い て き た!!


「勝負だクソゴリラ!!僕が勝ったら無条件で何でも協力しろ!!僕が負けても協力しろ!!」


「……はあ!?てめえなにを」


「いいから勝負だっ!!」


こいつにも協力してもらう!絶対に!

こんなにつまらないのは、もうイヤなんだよ!!

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