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ベクトルマン  作者: 連打
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〔リコ編〕お前は協力する


僕は教室へと向かう間、窓の外を眺めながらどうでもイイ事とそうじゃない事をアタマの中で振り分けていった。

すると、意外にどうでもいいことが多いことに気付く。

廊下を流れる生徒の波、この一部に僕もなりたかった。その他大勢、航空写真のアタマのひとつ、ギャルゲの声優も付かない友人A。目立たない日常。変わらない毎日。昨日の延長の今日。


「……」


がらりと教室の扉を気持ち勢い良くスライドさせながら、思った。


そんなことが理子より大事なハズないと。


「おはよう。……うわ、やっぱり顔腫れてるね」


僕と対して変わらない顔面の腫れはさておき、ひとまず僕の心配をする藤崎。しかし、あれだな。バンドエイドの貼り方ひとつ見ても妙にサマになってるな藤崎は。口元に斜めに貼られたソレはまるで一昔前の少年マンガの主人公のように見える。僕のように目の下のアザや目と目の間の切り傷など、どうバンドエイドを貼っても不恰好な位置には傷を負ってない。ナチュラル・ボーン・イケメンである。


「ふたりともすごいねぇ。あ、おはよう」


僕らの姿を横目でチラ見し、ざわざわとした不穏な空気の教室内にアッケラカンとした挨拶がひと際目立つ。智花は僕らと距離を少しだけ取っていたはずだったのに今朝は開き直ったかのような清々しさで僕と藤崎の傷を見比べている。


「……痛いんだよ、すごく」


智花に見せ付けるように首を捻る藤崎。


「その辺が藤崎よね。惜しいなあ、そういう泣き言言わなきゃいいのに」


がが、と椅子を引きながらカバンを机の横に掛ける智花。『ザンネンなイケメン』のキャラが智花の中で定着しつつあるようだった。不憫である。


「痛いものは痛いんだ。やせ我慢しなくてもいいだろ?」


もうやめておけ藤崎。


「はいはい。帰って布団の中で言ってて」


おおう。智花は辛辣のスキルを使った。藤崎のHPが10下がった。藤崎は机に倒れ伏してしまった。


「……」


いやいやいやいや。困る。僕は藤崎に話があったのだ。


「ふふ藤崎、藤崎」


僕は藤崎の哀愁漂う背中を掴んで揺らす。イケメンだがメンタルが強くない藤崎は面倒そうにむくりと体を起こすと上半身を捻り僕に向けた。


「なんだよう。新木まで僕を……」


おおう。とてもメンドクサイ。

被害者モードにぬくぬくと浸かっている藤崎だが、そんなことは今は申し訳ないが、どうでもいい。


「たた頼みがあるんだ」


「頼み?まさかまたどっかの上級生とヒト波乱……」


昨日のタコ殴りですっかり懲りた様子の藤崎は明らかに怯えている。僕だってあんなことはもう御免だし、生涯、金輪際避けて通りたい所である。僕も藤崎も熱血キャラではないのだ。そんな事は十分過ぎるほど承知している。

しかし。


「そ、そうだ」


僕はそう言った。


「……?」


「……ちょちょっと周蔵くん?」


あんぐり口を開ける藤崎、僕に詰め寄る智花。しかし僕はもう決めたのだ。


「喧嘩とか、もうやめなよ!痛い思いするだけでしょ?ふたりとも弱いくせに!」


「僕ももう勘定入ってんの!?僕はやらないぞ!勘弁してくれ新木!」


僕の肩を少しだけ乱暴に掴む智花、なよなよと僕に縋りつく藤崎。

『ケンカ』の単語にざわめく教室の生徒たち。しかし僕は決めたのだ。


どうでもいいことの中のど真ん中に僕が居るって……気が付いてしまったから。

自分の身なんてものを大事に抱えて大切なものまで弾いてしまったら、僕は僕じゃなくてもいい。誰でもいいってコトになるんだ。

それが『日常』に埋没出来る手段だというなら僕は異物になる。

魚の骨程度の邪魔臭さだったとしても、口の中の奥のほうに……いやらしい場所に刺さってやる。うっとおしがられてやるのだ。どうせ元々欠陥だらけの僕が何を恐れるコトがあろうか!うははははははは!


「なにニヤニヤしてんだよ新木!僕はヤだぞ!……きいてんのか?」


大丈夫なんだ。僕は確信している。


「た頼むよ」


「い・や・だ!ムリだよ……新木だってホントは嫌だろ?僕らってそういうの向いてないよ!」


おおう。ツンデレだ。無理するな藤崎。お前は協力する。


「たた頼む」


「だから!……ニヤニヤするなよ!」


伝わる。きっと伝わる。ってか伝われ。早く伝われ。ええい、メンドクサイ!

僕は藤崎の胸倉を力いっぱい握り締め乱暴に立たせる。がたた、とけたたましい音に教室中のザワメキが面白いように止まった。


「やめろよ!僕は……」


僕の握った手を乱暴に払いのけようとする藤崎。その目はさっきまでの怯えた目じゃなくて、僕に対する抵抗の色がはっきり伺える。しかしこいつがイケメンなのはとっくにお見通しの僕は全く心配などしてなかった。

ひとりではダメなんだ。協力してもらうんだ。そしてこいつなら協力してくれるんだ。


僕は理子に声を掛けた時の藤崎を思い出す。

自分を省みなかったあの時の藤崎は格好良かった、ああなりたいと思った。だから。


「たた頼むよ」


僕は何度でも頼む。藤崎が承諾するまで何度でも。


「あ……新木……」


「……たた頼むよ」


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