〔リコ編〕なんに対して怒るのか
翌朝。
僕は一人学校に向かっていた。
少し早めの登校だったので生徒の影もまばらである。なんで早く登校してるかというと……姉となんとなくカオを合わせ辛かったのもある。顔は昨日より腫れ上がっているしそのくせ何の成果も無い。でもなぜか姉は僕に期待しているようなコトを言うし、正直どうしていいのか分からなかったのだ。
足取りは重い。澄み切った青空でさえ忌々しい。
「……」
理子へのイジメはほっとけば無くなる。時期は全く想像も出来ないが無くなるだろう。
よくあること。それはそう。多かれ少なかれどこの学校にもあるんだろうし、僕だってそうだった。加えて理子の場合は発端がバカヤロウ共の逆恨み。理子は見た目も贔屓目ナシに可愛いほうだと思うし性格だって素直なイイヤツなんだからそのうち気付く。こんな事が意味の無いことだって。
喜怒哀楽、その横に「差別」があるのは僕も実体験で知っている。つまり無くならないしあって当たり前だし無いヤツなんか多分いない。
バカヤロウ共はその元々澱のように溜まっていた矛先を理子に向けただけなのだ。実際無視してるヤツの90%は理子のコトなんか何一つ知らないんだろう。誰でもいいんだ。自分じゃ無ければ。
少し考え方を変えてみると。
別に直接危害を加えられてる訳じゃない。
そのうち飽きる。
僕や藤崎だっている。
耐えて耐えられないことも無いんじゃないだろうか?
どうせ矛先はあって、理子に向かなくなった時は他の誰かに向いてるってだけなんだ。
順番。
いまは偶々理子の番。
珍しくは、無い。
よく見られる光景。
じゃあ。
なんで。
僕は今こんなに苦しいんだ。
ついさっきから気が付いていた。僕の10メートル前を歩く理子の姿に。
きっと理子も僕と同じコトを考えていた。じゃないとこんなに早く理子が登校してる訳がないのだ。
僕と……カオを合わせ辛かった。そういうことだ。
あの、生徒に紛れ登校している理子の小さな背中。
あの背中を「よくあること」だと片付けてしまったら、僕は僕の物差しを失ってしまうような気がする。
なんに対して怒るのか、何を見たら悲しむのか。
「……」
なにが面白いのか、どんな時に悔しがっていいのか。基準が消える。
分からなくなる。
大抵のことは笑って済ませる、それは利口だと思うしクールなカンジ。
そうなりたいしそうあってシカルベキなのだと思う。でも。
「……」
ぎゅんぎゅんと遠ざかる空、小さな背中。
「…………」
僕を抜き去っていく生徒の波、ふわっとした足元。
カオの腫れ、握ったカバンの柄。
「……?」
口の中に異物感、僕は指を突っ込み口内を改めると。
無意識の歯軋りで
奥歯が欠けていた。