〔リコ編〕生まれて初めて
「なにがクダラナイのよ!自分で何言ってるか分かってる!?」
涙目で僕に詰め寄る女生徒。オモムロに近くの席に座っていたゴリの元カノの左腕を掴み袖を捲り上げた。
「きゃっ」
「コレ見てよ!」
露わになった元カノの腕、その手首には包帯が巻かれてあった。
目を伏せる元カノ。悔しいのか恥ずかしいのかワカラナイが顔を上気させ歯を食いしばっていた。なんなんだろう……。
僕の視界はやけにクリアに目の前の女生徒2人を捉えているのだが、随分距離感を感じていた。
「この傷見ても……あんたそんなこと言える!?」
カンキワマッテいる。夕方の上級生の教室で涙ながらに僕に訴えるこの状況はなんだ?
「あ……新木、まずいよ。謝ったほうが」
僕の後ろで藤崎は顔を青くしていた。いつのまにか僕らは男子生徒に囲まれるような位置に置かれている。特にその中の一人の生徒の目つきがヒドイ。間違いなくコイツは切っ掛けを探している。僕の言動によるスイッチで暴力的な制裁を加えてやろうという意気込みが全身から伺えた。そりゃ藤崎もビビる。僕だっておっかない。なんせ、近い。
「ぼ僕は頭が悪いから、あんたらの言うことがよよよく分からないんだ」
「はあ!?」
呆れてるんだろうか?僕の胸倉を掴んだままの女子生徒は潤んだ目にギッと力を込めて僕の目を貫く。
「……新木!新木!もうちょっとその言葉のチョイスというか、さ。わかるだろ!?」
こっちはこっちで男子生徒に詰め寄られ苦笑いが奇妙に崩れた歪な表情を浮かべる。見ると藤崎も肩や袖を掴まれて身動きが取れなくなっているようだ。
「付き合ってたって、ここ事は合意のせせセックスだろ?」
「ちょ……あんたなにいって」
「ななんでそこに座ってるセンパイがひ被害者になるのか……ま全くわからない」
「てめえ!」
横から伸びてきた腕にガチッと首を掴まれる。チャンスと見たんだろうかブン殴る気満々のギラついた目をしていた。
「が学生がセックスして子供出来れば……ちゅ中絶は妥当なんj、」
ゴッと視界がぶれた。
顎のあたりに衝撃が走り僕はみっともなく尻餅をつく。
つつと口の中に違和感を感じたので舐めてみると、鉄の味がした。
「新木っ!!……ややめてくださいよっ!!」
体を拘束されながらも暴力を非難する藤崎。こいつも結構ビビってるはずなのに……巻き込んで悪いことしたなあ。
「うるせえ!!聞いただろ!!こいつ、中絶が当然とか……ありえねえ!!」
僕だって足がガタガタ震えている。僕はいつまでたっても『暴力』とは相性が悪い。条件反射で体がビビってしまうんだ。でも。
「しょ食事しないから、被害者なのか?」
よく見れば僕を殴った男子生徒も震えている。ゴリのような手馴れた感はない。それに残った2人の生徒は暴力的な生徒を止めに入っているようだ。ならば、チャーンス。
「あ……新木、大丈夫?」
暴力生徒の仲裁に忙しい男子生徒たちは藤崎の拘留を諦めたようで自由を取り戻した藤崎は律儀にも僕の身を案じて駆け寄ってきた。でもチャーンスなので言いたいこと言ってしまおう。
「て手首切ったら偉いのか?」
「新木!?」
僕の顔に覆いかぶさるように発言を止める藤崎。必死である。
でもこの人達はオトモダチオモイの大バカヤロウなので遠慮なんかしない。
「せセックスしようが妊娠しようが、おお互い様じゃないか。ふ不注意でしかないし、後悔とか反省とか……ア、アホ?」
僕の知ってるゴリは妊娠したからってお腹ブン殴って流産させるような男じゃない。ならば。
「か悲しいのが自分だけだと、お思ってるのか?」
そんなことはゴリが一番分かってるんだと思う。同意のもと中絶したはずだ。その悲しみは二人のモンであって、この黙りこくって座って泣いてるセンパイの専売じゃないだろう!それに!!今一番大事なのは……そんなことじゃない!!
「ああんたがセックスしようがに妊娠しようが……それと理子は全然関係ないじゃないかっっ!!」
そうだ。いくら不幸があったとしたってそれはソレ。
楠理子とは何の縁も無い。こんなオハナ畑の友達ごっこに巻き込まれた結果だなんて思いたくないが、もしそうなら……理子は……僕は。
「……リコ?ああ、楠さんってコのこと」
へたり込んでいる僕を見下ろし怒りを眉間に刻んだ女生徒が僕に詰め寄る。
僕の胸元にはいつの間にか鼻血が、たたっと滴っていた。
「あれはちょっとしたイレギュラーみたいなもんね。噂は流したけど……根も葉もない流言だからすぐ収まるわ」
「う噂?」
イレギュラー。流言。
「楠ってコが梶先輩をこのコから奪って、あげくこのコは自殺未遂。元々梶先輩は人気あるから……嘘だと分かっててもその手の生徒たちに逆恨みされてんのよ」
嘘。逆恨み。
「あとの生徒は『なんとなくこんな事があったらしい』って思ってるだけなんじゃない?で、関わりたくない生徒が距離を置いてるだけ。そのうちシカトなんて無くなるわ。嘘なんだから」
なんとなく。そのうち。
「私たちはあんたらが中庭から居なくなればそれでいいの。このコをもう傷付けたくなかったから」
ゴリに直接言う勇気が無いものだから回りくどく陰湿な方法で中庭の僕らをお互い遠ざけた。
バカみたいな手段でまんまと成功したこのバカヤロウ共は友人を守るためだと信じて。
ジゴウジトクのバカオンナのセンチメンタルに巻き込んで理子を孤立させた。
「ふ藤崎」
「……うん。わかったよ」
僕はまだ何も言ってないのにも関わらずヨッコイショと僕を引っ張りあげた藤崎は歪な笑顔で言った。
「言っとくけど僕、弱いよ?」
泣きそうな笑顔のくせに、脚はプルプル震えてるくせに。
藤崎は僕に付き合ってくれるようだった。
「ぼ僕だって、やったことないけど」
こんなところで何をしようが解決なんかしない。切っ掛けはこのバカドモだが既に理子への印象は一年の生徒全体に伝播していて、だから、全く無駄なのは分かってるんだけど。
「がっ!?」
一番近くにいた男子生徒の顔めがけて僕は……拳を打ち抜いた。
ジンジンと痛いだけ。不毛な行動である。僕らしくない。でも僕はこのバカドモに対する手段が他に思いつかない。
他の男子生徒の目の色が明らかに別種の光を放つ。いや、まあ。
多分僕らはここで殴られまくるんだろうな。痛いのやだなあ。
「今度なんかおごっt」
言いかけた藤崎の顔が吹き飛んだ。暴力祭りの開催を告げるようにガガッと机に激突し転がっていく藤崎。
さて。
僕の生まれて初めての自発的なケンカ。アタマの悪い我慢比べ、筋肉比べ。
やろうじゃないですか。