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ベクトルマン  作者: 連打
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〔リコ編〕いないことにされるということ(理子サイド)

想像以上なのでした。

教室の中で自分の席、ひとりっきり。もちろん人は沢山居るしざわざわと声は聞こえる。でも、わたしの周りには誰も居ない。

これなら体育館の裏でぽつんとしてたほうが随分マシに思える。シューゾーくんと話した日からまだ5日しか経ってないのにわたしは既に辛いのです。


中庭でシューゾーくんと梶センパイは仲良くしてるだろうか?シューゾーくんは隠れて「ゴリ」と呼んでいたがうっかりそう呼んで無いだろうか?


授業は相変わらず凄いスピードで進んでゆく。周りを気にする暇なんか無い。それは他の皆も同じである。でも。

ガヤガヤと話し声の響くお昼休み、わたしは一人なんだと思い知らされるのだ。

一体何がどうなったのか?もちろん気にはなるがわたしにとって原因なんてもうどうでも良くなっていた。

裏を返せば「原因さえあればいつでもこんな事態に陥る」と知ってしまったから。

わたしが嫌われてるのは別にいい。出来れば仲良くしたいのだけれど、そんな事もあるのかもしれない。でも。

誰かの掛けた号令で瞬時に様変わりするこの様子はなんなんだろう。


最近ではもはや1年の校舎でわたしに話しかける生徒など居なくなっていた。

あ……シューゾーくんだけはいつも「おはよう」とか「ゲンキ?」とか声を掛けてくれる。わたしは一度も返事してないのにたどたどしい口調で、いつもみたいに不器用に。


やっぱり、こんな思いはシューゾーくんにはさせられない。だから、返事しない。古都センパイのように毅然としなければ。別に叩かれたり、蹴られたり暴力に晒されてる訳ではないんだ。キモチ。気持ちの問題。


とは言っても、こんな日は気も滅入る。


校庭は水浸し。少し湿気の篭った教室内はぬるい空気が充満していて、わたしの座っている机の表面にまで霧吹きで吹きかけたように湿気を帯びていた。お昼前位から急に降り出した雨はみるみるうちに勢いを増し、ほとんど豪雨。

空は分厚い雨雲で埋め尽くされていた。



「うわ、おれ傘持ってねえよ」


うんざりした様子で窓際のクラスメイトの葛西君が嘆く。当然話したことはない。

傘か……わたしも持って来ていない。朝は晴れていたのに。


わたしが帰りの手段を考えていると……ていん、と足にナニカが当たった。カカっと椅子を引き足元を覗くと真新しい大きめの消しゴム。誰かが落としたんだろうか?と周りを見渡すと不意にぶつかる視線。


「……」


斜め後ろの席の生徒。生田さんだった。

おとなしくてつい最近まで割と仲が良かった女の子。その生田さんが遠慮がちにゆっくり近寄ってくる。


「はい!消しゴm」


「……」


一度もわたしに目を合わさない生田さんは機械的な動作でわたしの手に乗っていた消しゴムを持っていった。するすると去っていく背中。心が締め付けられる。やっぱり、哀しかった。

半年……わたしはこんな状態が続くんだろうか?いや、半年で終わる保障などどこにも無い。ずっとこのまま……


背筋が寒くなる。足の力が抜けてわたしは倒れこむように椅子に寄りかかった。


クラスの喧騒などわたしには全く関係なく、ただ雨音だけを聞く。

わたしはきっと古都センパイみたいには出来ない。最初から分かっていた。ただわたしはシューゾーくんや梶センパイに心配させたくなかった。ホントにそれだけ。わたしが耐えられるのかどうかの部分が完全に抜け落ちていたのだ。


妙な意地を張ってシューゾーくん達を遠ざけたわたしを……シューゾーくんや梶センパイは呆れてしまっただろうか?


「……」


ふらりと席を立つ。

誰もわたしを気にしない教室から廊下へ出て、誰もわたしを気にしない校舎の中を進む。


「……」


誰もわたしを気にしない学校の中、誰もわたしを気にしない廊下で息を吐いた。

こころは鉛のように重く、つい最近までの自分が思い出せない。……ああと思う。……そうかと、思う。

わたしは弱かったんだなあ、と崩れ落ちそうな下半身を抑えながら納得する。


廊下の窓枠に縋りつきながら実感した。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いないことにされるということはこんなにも……



「……」


……廊下の窓の縁からボタボタと垂れる雨。その向こう側。確かにわたしと目が合った。豪雨の中、傘もささず、突っ立っている影。




シューゾーくんだった。


咥えたパンは水浸し。制服も既に満遍なく濡れてしまっていてずっしり重そうだ。

それでもシューゾーくんはわたしから視線を外す事をしない。ただ腕組みしながら雨の中でもしゃもしゃと濡れきったパンを食べていた。


「なんだあれ。アタマおかしいのか?」


「こええ。最近毎日こっち見てるらしいぞアイツ」


廊下に居た生徒たちはシューゾーくんを見て、みんながみんな眉間に皺をよせ似たような感想を漏らす。

わたしが意地を張って中庭を見ようとしなかったこの5日間。毎日シューゾーくんはああしてわたしの教室の方角を睨みながら突っ立っていたんだろうか?


たったひとりで。わたしが気付かないのも承知で。


「……」


…………。




くぅ。なんであのひとはあんな……


わたしは縋りついた窓に頭頂部を押し付け立ち上がる。まだまだやれる。わたしは大丈夫。

きっと皆が丸く収まる方法があるはずなのだ。わたしはだからまだ大丈夫。


ボタボタ落ちる雨音がさっきほど耳にうるさく感じない。


わたしはひとりきりじゃなかったんだから。

さっきより少しだけ胸を張ってみた。


わたしはここにいるんだから。

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