〔リコ編〕僕は毎日ここでパンを食べる!
「……それで?」
なるべく客観的に、私情を交えず理子の現状をゴリに伝える。白々しい程の晴天なのだが気分はキャラメル・マキアートのようにドロドロでべたべたしていた。陰湿な空気に纏わり付かれてどうにも落ち着かない。
寝そべりながら僕の話を聞いていたゴリは、デカイ体を上半身だけ起こし静かな口調で僕に問いかける。その間僕はずっと突っ立っていた。
「なんでてめえはここにいるんだ?」
僕を責めているのだろうが、アイニク僕は頭が悪い。遠まわしな言い方をされてもさっぱり分からないのだ。
今の僕に分かるのは空の青と芝生の緑、あとはゴリの顔が蒼ざめていたこと。
「事情はなんとなくわかったよ。こんな学校だ。この時期その手のトラブルは風物詩みたいなモンなんだが」
物凄い劣等感。眩暈がする。
「まさか……このまま理子、ほっとく気か?」
そりゃあそうだ。その疑問は至極全うで健全で非の打ち所がないよ。誰だってそう思うし僕だって出来れば理子を助けてあげたい。
「……と」
「あ?なんだ?」
「とととりあえず、様子を」
バチィッと。視界の白さにびっくりした。
座っていたのでそこまで力は入ってなかったんだろうが、僕の鼻から血を出させる位はカルイんだろう。痛いというよりは驚いた。たたた、と僕のスリッパに落ちる赤色は普段目にすることの無い生々しい艶できらきら太陽を反射している。
「あ、あー……もう誰もなぐらねえって決めてたんだがな」
手首をぷらぷらと返すゴリ。
「ごごめん」
「……てめ、」
反射的に謝ってしまった僕をギラギラした眼光が捉える。
ぐんと、ほとんど体が浮いていた。
立ち上がったゴリは僕の胸倉を掴むとカラオケの時の様な空虚な目で僕の顎辺りに視線を置く。たらりとみっともなく流れる僕の鼻血が自分の手に思いっきり付いてしまっていたがゴリは気にしてないようだ。
「そのバカヤロウ共ブン殴りに行くからてめえも来い」
首謀者のことを言っているんだろうか?
「……」
ゴリが調べれば判明するんだろう。姉に頼むのもいいかも知れない。でも。
「返事をしろよ」
「……なな殴っても、かか解決なんかししない」
「あ?」
「いい一年生を端のクラスからじゅ順に、なな殴るのか?」
「なに言ってんだてめえ。裏で糸引いてるアホウがいんだろうが」
「そそそれは対象がかか変わるだけで、な無くなるわけじゃないじゃないか」
「わかんねえよ」
「わわ分かれよ!理子があああんたに頼らないのは、そそそこじゃないか!」
そうなんだと思う。理子はやっぱり根が善人なのだ。僕なんかは真っ先に泣きついてしまうだろう。都合よく知り合いだったマッチョなゴリラに成敗を依頼し、自分は隅っこでぷるぷる震えていたかも知れない。
「そそそんなゴツイ手でなな殴られたら痛いし、こ怖い!でもそそそれは単に構図が変わるだけだろ!?対象が『理子』から『理子を嫌いな誰か』になるだけで、なな無くなってない!」
「いいじゃねえか思い知らせてやれば。俺は理子が笑ってればそれでいいんだよ。そのアホウ共なんざ知ったことか」
そうだろそうだろ!僕だってそう思う!みんなそう思うよ!誰がカガイシャまで気に掛けるんだよって!
でも!
「りり理子は笑えないだろ?」
お人よしが過ぎる。もうバカである。しかし多分……そんな理子がゴリも僕も好きなんだ。
「……」
黙るゴリ。依然胸倉は掴まれたまま、どんな腕力してんだこいつは。
「じゃあ、どうするよ」
思案の結果、僕の推測に同意したゴリは僕から掴んだ手を離し、ふて腐れたように言う。
「お前の言うこともなんとなく分かる」
なんとなくかよ!
「でもやっぱり俺は……納得できねえ。ちょっと探り入れてみるわ」
てめえはどうする?とゴリは生意気にも視線で語る。しかし意外にハナシが伝わるなあ。やっぱりヘンなやつだ。
でもまあ、やれることなんて僕には無いわけで。
「ぱぱ、パン食べる」
「はあ?」
僕は鼻血を撒き散らしながら言う。ハナの奥がツンと痛むのと、口の中が鉄の味で吐きそうになったがなんとか言ったのだ。
「ぼ僕は!ま毎日ここで!ぱぱパンを食べる!!」