〔リコ編〕クソヤロウ
中庭に行くには売店や食堂とは全く逆方向。ほとんど誰にも会わずに到着するのがいつもだった。
僕は廊下の端に寄りながら他の生徒とは逆に進む。誰とも目を合わさず、誰にも気付かれない。痩せたため外見が普通になったことによって僕のステルススキルは跳ね上がっており、考え事にも没頭できる。
冷静に考えて理子が何らかのきっかけを作ったとは考えにくい。アレは憎む対象としては役不足もいいトコなのだ。ちっちゃくてゲンキでいつも笑ってて、寂しがりで裏表の無い捨て犬オンナ……それが理子。こんな女生徒を憎んだり恨んだりは、どう考えても時間の無駄。でも。
朝は藤崎も智花も普通だった。たわいも無い会話をして気だるく溜息を吐く、完全に普段の光景でしかない。異変の発端はやはり理子が姿を見せてから。空気の硬化、ごろりとした違和感。
「……」
吐き気がする。
僕は冷たい汗を拭いながら思い出す。
一切の疎通を断絶する背中。積極的に関わり合いにならなければそのうち頭の上を過ぎていく、そう子供のように信じているかに見える残酷な背中。『能動的な無関心』という第三者特有の離れ業、むりやり液晶画面の向こう側に理子を追いやった力技。
いやいやいやいや。お見事。相変わらずの手際、この手の事象に関する第三者のチーム・ワークに感心する。
なんだよ、出来てんじゃんかクラスのキズナ。
ま、僕はいつものようにそのワッカの外側で『最近平和だなあ』なんて血迷っていた訳であるが。
「……」
正直……気は重かった。
僕だけが対象であったならどれだけ気が楽だったろう。きっと僕なら理子ともゴリとも付き合うのをやめて、取りあえずは石になっていたんだろうなあ。なんならそのまま3年間過ごしたっていい。でも理子はきっとそんな真似は出来ない。なのでどう対応していいのかイマイチ分からない。とにかく陰湿で煩わしい。
沼を掻き分け彼方を目指すような暗澹たる気分をヒサシブリに感じていた。
ホントに
うんざり、……してしまう。
「シューゾーくん!」
誰も居ない裏口から中庭へ出ようと扉に手を掛けたと同時に呼び止められる。
お昼なのにいつも薄暗いこの場所は寒々とした空気が沈殿している。あぁ、コイツはいつもゲンキだなあ。僕は正直理子の天真爛漫さにある種の負い目を感じる。ひょっとしたら……コイツはこのまま何も知らずに学校生活を送れるんじゃないだろうか?
理子はニコニコと僕の顔を黙って見ていた。
「……?」
弁当は?そう聞きたかった。
手ぶらでこんな裏口に用のある奴はいない。ここは中庭への入り口でしかなく、それ以上の意味なんて
「なんかわたし、無視されちゃっててさ」
ぎゅうぎゅうと心臓を握られたような苦しさ。
「だから、中庭でご飯食べるのやめようと思うのです」
照れ笑い。理子は笑顔だった。
薄暗い裏口、理子は奇妙な笑顔だった。
「シューゾーくんにも梶センパイにも迷惑かけたくないの」
ムリだ。理子にはそんなこと出来ないよ。
「古都センパイみたいにやってみるよわたし!見てて!」
あんなキチガイオンナの真似なんか誰も出来ない。出来る訳がない。何から何まで違うじゃないか。優劣の問題じゃない、アレが特殊なんだ。
よーし頑張るぞ、そういった理子はやはり笑顔で僕を見る。僕はどんな顔をしてるんだろうか?少なくても笑顔じゃない。それぐらいしか分からない。なんか足元がフワフワと落ち着かず、僕にしては珍しく汗もかいていなかった。
「じゃあ新木くん、またね!」
なんでだろう?
なんで僕が考えてた事分かったんだろう?
てってってと廊下を走り去る理子は一度も振り向かない。「新木君」とそう言っていた理子は……あれは本当に笑っていたんだろうか?
僕が気が重く、煩わしかったのは理子のせいだったんだろうか?
「……」
なに言ってんだよアホウと、なぜ僕は理子に言えなかったんだろうか?
陰湿で残酷で粘着質などっかの誰かが僕の態度を見ていたらきっと楽しくてしょうがないだろうな。
理子にあんな歪な笑顔をさせた僕を仲間だと思うかも知れない。
陰湿で残酷だったのは僕だった。どうしょうもない僕だった。痛快だ。滑稽だ。
だって
僕がアタマの隙間で理子を疎ましく思ってしまったのはどう考えても事実なのだから。そんな僕の残酷さを見透かした理子の笑顔はだから……奇妙に捻じ曲がっていたんじゃないか?
「……ふー」
これはもう「人付き合いが苦手」ってレベルじゃない。
僕は、単なる、クソヤロウ、だ。