カキョ
理子を駅まで送り届けた僕は来た道を逆に進む。
駅まで母親が迎えに来ていて相変わらず僕はわたわたしてしまったが、娘さんをカドワカス類の人種ではないことが彼女の中で判明したようで目に見えてホッとしていた。
やはり愛されているオンナ理子である。
なぜか曲がっていたヘソも帰り道ではいつもの理子だったので僕も安心していた。全くコロコロコロコロ忙しいやつだ。未だにメスの生態はよく分からん。噂では地図が読めないそうだが今度理子で試してみよう。
「……」
僕はポケットに手を突き入れ空を見る。
住宅街なので明かりも少なく星やら月やらがチカチカしておる。
「……」
父も姉もなんだかタノシそうだった。食事するだけだったのにすごくタノシそうに見えた。
僕は僕で相変わらずの僕でしかないのだが、不思議と何が変わった訳でもないのに周りは騒がしい。
「……」
最近、気が付いた事がある。
以前はそんな事全く思わなかったのだが……意外に世界はイイやつばかりなのだ。
今日いたDQNオンナ。これなど以前であれば繋がりなどあろう筈もなかった最たる人種だ。なのに……ちゃんと気も使えるし挨拶だって出来る。DQNなど心の中で「このビッチが!!」といつも罵倒していたにも関わらず、実際は僕などより余程常識人だった。正直名前は忘れていたのでちゃんと覚えておこう。ユズキカナ、と。
ゴリ。コイツなんかは僕には殆どカルチャー・ショックだ。何が気に入ったのかは知らないがやたら僕に絡んでくる見た目犯罪者のこの男、実は心が広いんじゃないか?と感じている。パックジュースにしたってコイツのキャラなら「さっさと買って来い」と唾でも吐きそうなのに、しない。律儀に毎回ジャンケンだ。いっても後輩の僕らに先輩風的なものは一切感じさせない。言動も中立で公平を期すようなところも見受けられる。妙な生態を持った野生動物だ。
理子。まあ理子は見たままだ。僕はいつか理子が口をすべらせ「わん」と語尾につけてしまう姿を密かに期待している。
「……」
藤崎にしたって線の細いリア充。誰とでも割と親しげに話すいけ好かない男。いつ爆発するのか後ろの席の僕はヒヤヒヤしたもんだが……普通なのである。多分僕に興味があるわけじゃないのにちゃんと会話を成立させる謎のイケメン。不思議ともう敵意も害意も感じない。THE・高校生。
智花は……正直そこまで知らない。意外と腹黒かったりしても僕は全く驚かないが、どうもそうでもないようだ。いや、確信は無いが。
「…………」
僕はポケットに入っていた小銭を自販機に放り込み缶コーヒーを買った。「つめたーい」やつだ。
少し肌寒かったが「あったかーい」やつが苦手な僕はいつも「つめたーい」のだ。
カキョ、とプルトップを上げちょっとだけ飲む。そして僕は春のおかしな匂いの中自宅へと歩く。
「…………」
昔怖かったものがよく分からない。
一体何にあれほどおびえていたのか。悪意や敵意が呼吸するたびに増幅されるような『アレ』はなんだったのか?
声に怯え、空気に縮こまり、日が昇るのを恐れた僕と何が違う?毎日薄い氷の上に立たされていたあの恐怖は、実はそんなコトなくて、僕が勝手にそう思っていただけで。
僕だけがオカシイんだと思っていた。僕がいつも悪かったんだと思っていた。
喉に詰まって取れなくなるようなあの空気。あれは僕の思い込みであり、只の自意識過剰だったんだろうか。
ひょっとしたら僕は……
このまま生活を楽しんでいいんだろうか?
僕は缶を唇に付け傾ける。
少し重たい液体の感触が喉を通る。
「……」
今度、「あったかーい」やつ買ってみよう。
意外とイイヤツかも知れないから。