作戦会議(姉サイド)
アホ面だ。結果は分かってはいたがこうも見事にアホ面を晒されては笑うしかない。
「あー。ちょっと柚木さんいい?」
私は柚木さんの袖を引き立ち上がる。我ながら余計な事をしてるなと思うが、これでは余りにも柚木さんが可哀想だ。見てよあのバカのアホ面。
全く分かってない。自分が立っている場所を理解できていない。
「あ……ちょっと」
「いーからいーから」
柚木さんは理子ちゃんとバカを残してこの場を去ることに抵抗を覚えているようだが、多分心配するような事にはならない。理子ちゃんの気持ちはまだ漠然としたものだし、なによりバカ相手にどうこうしようが無い。
「どどどこいくの?」
バカはアホ面でそう言った。
「作戦会議よ。理子ちゃんは寛いでて」
「はい」
こころなしか顔を赤らめている理子ちゃんはそれなりに状況を把握しているのか、先ほどまでの無邪気さは薄れている。恋愛とは経験則に縛られがちなモノなので、理子ちゃんは過去に好きな人なり彼氏なりがいた経験があるのかも。だって表情に色気があるもの。
…………。
私はじっとバカを見る。
「……なななんだよ。言っとくがよよ吉本○なながアタマがおおおかしいって言ったのは僕じゃ」
……ダメだこりゃ。
精神年齢は女性の方が総じて高いとは良く聞くが、もうそういう問題じゃないのよね。なんで柚木さんみたいな綺麗なコや理子ちゃんみたいな可愛い子がこんな大バカヤロウに好感を持っているのか?つくづく恋愛ってのは勘違いと思い込みの産物なんだと再確認させられた。
「冷蔵庫にケーキあるから。理子ちゃんも食べてね」
「あ、ありがとうございます!いただきます!」
ぺこりとアタマを下げる理子ちゃん。……ホントかわいいなあこのコ。いや、柚木さんだってものすごく可愛いんだけど。全く理解に苦しむよ。
私は自室まで柚木さんを引っ張ってくるとベットに腰掛ける。柚木さんはへなへなと絨毯に崩れ落ちるように座った。随分消耗したらしく苦笑いまでが余裕を失っている。
「やっぱり……ダメっぽい。あたし完敗?」
自己判断では劣勢と踏んでいたようでがっくり肩を落とす柚木さん。真剣な表情。理子ちゃんの事を恨む訳でもなく周蔵への気持ちを誤魔化すわけでも無い。不器用で、真摯な態度。だから私は彼女をほっておけない。
「その前にちょっと聞いて欲しいんだけど」
「……?」
なんて言えばいいんだろうか。私は思索を巡らせる。
そのうち通学路に暴走した馬が現れて蹴り殺されない事を祈りながら。
「柚木さんは兄弟いる?」
「え……兄貴が1人」
「好き?」
「キモイ」
「近しい関係の人間には嫌悪感を抱くのは普通よね?」
「そ、そりゃそうだと思うよ」
「その理由は単にみっともない姿を日常的に見てしまっているとか、近親婚を避けるための遺伝子の命令だとか、……まあ私は学者じゃないし詳しくは知らないけど」
「……?」
柚木さんは私の意図が分からないようで難しい顔をして聞いている。分からないだろうなあ。私だって想像しただけだから自信無いんだけどなあ。
「今の構図の『枠』をね。ちょっと拡げてほしいの」
「わく?」
自信ないなあ。言いたくないなあ。
「例えば神様とか天使とか、何でもいいけど居たとして」
「……う、うん」
「憧れてたり、崇拝してたり……してたとするでしょ?」
「?」
「するとね。近しい存在は『ニンゲン』でしょ?神様よりは。ハナシも出来るし触れるし」
「そ、そうなる……の?」
「で、さっきの話の構図に当てはめると。周蔵にとって嫌悪感を抱くべき『近しい存在』なのは人間ってことになってるんじゃないかなあ?」
神様の席に『アニメキャラクター』が胡坐をかいているのは内緒だ。
「か!かなあってなによ!?」
激高する柚木さん。ああ、このコもやっぱり可愛いなあ。真っ直ぐだなあ。
「昔ちょっと考えてたんだけど、なんか途中で違うような気がしてきちゃった(テヘ)」
「ななな!!なに舌出して似合わないコトしてんの!?真面目に聞いて損したっ!!」
「ご、ごめん。でも昔はホントにそんな事考えちゃうくらい人間嫌いだったんだもんアイツ!」
「なんだよ!もー!!……もーっ!!」
そうだ。
周蔵も昔の周蔵ではないのだ。
アタマを私の目の前で掻き毟る柚木さんだって愛らしい。理子ちゃんだってスゴク可愛い。
やはりこの手の問題は他人が口を出すべきことじゃないんだろうな。なんて無責任に思ってしまった。
「あんたにしか頼めないんだよっ!!真面目にやってくれない!?」
涙目をふるふる振るわせて私に詰め寄る柚木さん。
「……ごめんカナ。ちゃんと応援するから」
一瞬目がテンになるカナ。私はこの不器用なコの事をそう呼ぶことにした。
「あ、あぁ。ホント頼むよ……古都」
わしわしわしわし。
せっかくの綺麗な髪が台無しである。全く、外見ばっかり派手で華美。そのくせ不器用で気が弱く涙もろい。アンバランスな陶磁器人形に命を放り込んだような不思議な子のことを私は少し気に入ったのだ。
・・・・・・
ちょっとだけ周蔵みたいだ、そう思ってしまったから。
「……なに?」
私はカナに問う。カナの視線がさっきから私を捉えてウルサイくらいだ。
「なんでもない」
一切解決を見なかった『作戦会議』。
それでもカナはなぜかうれしそうに清々しい笑顔を私の部屋に振りまいた。