思いついた事そのまま喋ってんじゃねえ
僕は理子を先導し自室にカバンをほ放り投げるとダイニングに向かう。所詮マンションなので向かうってほど大層な事では無いが。
申し訳程度の廊下の反対側、その扉を開け
「……」
すぐ閉めた。
「どしたの?」
理子は僕の上着をくいくいとちょっとだけ引っ張り僕の動向を伺うが、さてなんなんだコレ?
なんなんだ!!コレ!!
思わずハード・ボイルドになるのも頷ける。今僕が目にしたのは明らかに日常からは逸脱していたのだ。確かに『僕が友人をウチに招く』というのもかなりの非常事態、なんせ今まで一度も無かったことだ。僕は思わずダイニングに通じる扉に両手を突きそのまま倒れてしまうのをなんとか踏みとどまる。
「今回のミッション、困難は承知なのをあえて聞くが……やれるか?」
たらたら汗を垂らす僕。その脇から変人が僕を覗き込んだ。背が僕より20センチも高い父は新入生の野球部員のように膝に手を突いている。
「ふふ不可能だ」
「お前なら出来る。いや、お前にしか出来ない。私はそう考えている」
「ぼ僕にはて手に余る」
「お前なら出来る。いや、お前にしか出来ない。私はそう考えている」
「いや、だかr」
「お前なら出来る。いや、お前にしか出来ない。私はそう考えている」
くっ!!コノヤロウ……僕の目も見やしねえ。
「あ、あの」
全く事情の飲み込めない理子はただ不安げに僕と変人に挟まれどうしていいのか分からなくなっていた。そんな理子に変人は更に腰を落しバッチコーイスタイルで理子に話しかける。多分身長差は40センチにも達することだろう。
「いらっしゃいお嬢さん」
「はじめまして楠理子です!いつもシューゾーくんにはお世話になっています!」
世話した覚えは全く無いが。それでも勢いよくアタマを下げる理子をぬるい視線で見詰める父。狭い廊下で三人してなにしてんだか。
「楠さんか。いい名だ」
普通だろバカヤロウ。せめて苗字じゃなくて名前を褒めろよ。
「今日は急に押しかけちゃってご迷惑ではなk」
「楠さんのような女の子を迷惑なんて言う様なヤツは脊髄引き抜いてやりますよ。はっはっは」
その喩えどうにかなんねえのかよおっかねえな。
しかし、父の引きつった笑顔から伝わる緊張は隠しきれるものではない。こいつも必死なのだ。『来客』にほとんど免疫のない家庭なのは重々承知していたが、それが同じ日に2人。それも女子高生とくればテンパるのもある程度はしょうがないことだと思う。
「なにしてんのよそんなとこで。お父さんも早く座って!」
ドーベルマン古都(姉)はダイニングの扉から顔を覗かせる。僕の記憶ではコイツもウチに友人を連れてきたことなどなかったはず。それなのに。
「おおおおじゃましてます!!」
ダイニングに先客。ゆるく余裕を持たせたゆったりとしたパーマに高校生にはあるまじき色気を発散した異分子、カプセル・トイのオンナだった。
風貌に全くそぐわないワタワタした落ち着きのない目線。絶え間なくこすり合わせる手のひら。なんでコイツがここにいるんだろうか、理解がとても追いつかない。まるでヒトゴトのように現実感が無い。
「ひひヒサシブリ!!ゲンキダッタ!?」
その場で立ち上がり僕にメカニカルな挨拶を繰り出すDQNオンナ。それでもやはり持って生まれた素質なのか、見慣れた光景であるダイニングは嫌味なほど華やかに染まっていく。あの時は薄暗くてよく分からなかったが化粧を差し引いても十分整った顔立ちだと思う。
しかし……
「……?」
こんなキャラだったろうか?今のDQNオンナは随分余裕がナイ。と、いうか錯乱状態1歩手前の半歩進んだところのように見える。
「周蔵も!突っ立ってないで座る!あなたは……」
「楠理子です!はじめまして!」
「理子ちゃんね、はじめまして。座って」
姉は柔和な笑顔で理子を迎え入れると、理子はぴんと尻尾をたてて付き従う。アイドル歌手をみるファンのように口は半開きで姉の背中を眺める理子。
「柚木さんもいつまでも立ってないで座りなよ」
しんと静まるダイニング内。全ての人間が姉の支持で椅子に座る。運ばれてくる料理が載った皿をテーブルに置く「コトリ」というささやかな音が悲鳴のように聞こえるのは気のせいか?
「な、なんだか華やかな食事だなあ!」
空気に切り込む勇気ある発言。
そうだ!この謎の沈黙を何とか出来るのはダイコクバシラのあんただけだ!!頑張れ変人!!
「キャバクラ来たみたいで落ち着かないよ!はっはっはっはっは!!」
……言葉を選べよバカヤロウっ!!
思いついた事そのまま喋ってんじゃねえぞコラっ!!!!