狂犬ってよりは軍用犬
僕は緊張感を漲らせ自宅マンションへと歩く。
こんなにぎこちなくこの歩き慣れた道を進むのはおそらく初めてだった。なぜなら……
「たのしみー!」
駅から反対方向に帰るはずの理子が隣でニコニコしているから。『なんでも奢る』僕は確かにそう言った。すると理子は
「じゃあねじゃあね!!シューゾーくんのウチ行っていい!?」
そう言ったのだ。『自宅を奢る』という言葉が成立するのか否か。日本語の可能性について考慮する間もなく僕はウチに連絡させられる。
僕は購入の際悩みぬいて決めたinfobarA01を取り出すと自宅にコールする。一回、二回、さん……
「新木だ」
なぜかハードボイルドを気取った父が電話にでた。僕は友人を連れて行ってもよいか聞くと構わない、との返事。夕食を同伴する手はずになった。姉はまだ帰宅して無いが伝えておこう……となぜかどこまでもハード・ボイルドの父にイラッとしながら電話を切る。僕は溜息が出そうになるのを我慢して隣の理子にその旨を伝え
「うん!ごはんもいらない!21時には帰るから!」
既に手配中だった。
とまあ、これが理子と一緒に僕の自宅マンションに向かっている一部始終なのであるが、あの変人の口調につられ回想まで探偵口調になってしまったことをまず詫びよう。え、誰にかって?そんな昔のことは覚えていない。僕はロック・グラスの中の氷を指でゆるゆると溶かしながらオイルの染み付いたジッポーをカチン、と響かせた。
「じっぽ?」
「いいいやいや!なななんでもない!」
眉間に皺までよっていた!なんなんだあの変人!絶対帰ってもツッコまねえからな!!
「どんな人かな?やっぱり怖いの?」
どうやら理子はゴリのハナシで聞いた姉に興味が沸いたらしく、ビビッてたにも関わらず会いたくなってしまったらしい。その意志の強さに憧れるのだとか。
「ここ怖くはないよ。イメージでいうときょ狂犬ってよりはぐ軍用犬ってかんじかな」
不安そうな理子の顔。子犬で捨て犬の理子からすればどちらにしても恐怖の対象なのだろうか?
「だ大丈夫大丈夫!理子ならきききっと仲良くなれると思うし」
ヤツはだれかれ構わず噛み付く類のオンナではない。油断ならない人種なのは確かだが常に相手に相応の振る舞いをしているように見える。この場合
「へんなトコ無いかな!?大丈夫かな!?」
自分の足元や背中を気にして不安そうにクルクル回っている理子が相手なのだ。理子に相応の対応なんてアタマを撫で回すかゴリのようにとろんと愛でるのが関の山。それに、大概偏屈なオンナだが僕は知っている。夜な夜な○コ○コ動画で『わんこ』タグの動画を漁っていることを。つまり理子はヤツの大好物だと言っていい!モーマンタイなのである!
「なんか緊張してきた!どんな人かな?どんな人かな!?」
マンションのエレベーターの中で緊張を隠せないでいる理子はそれでも楽しそうで、とても微笑ましい。
目的階に到着した僕と理子はテクテクと通路を歩いて、先導していた僕がドアを開けると
「つけられなかったか?」
首だけ出して辺りを伺う変人・父がいた。
どうやらハード・ボイルドが気に入ったようなのでそっとしておくとする。