仲良くなる!
「お、あれお前の姉貴じゃねえのか?」
芝生に座り足を投げ出したまま顎で方向を指し示すゴリ。
「どれですか!?シューゾーくんっておねえさんいたの?この学校に!?」
パタパタ尻尾を振りながらゴリに詰め寄る理子。肩を掴まれ興奮気味に騒ぐ理子を横目に見ながら薄気味悪い笑みを浮かべるゴリ。悪気は無いのは分かっているが許される範囲ってあると思うんだ。その顔は懲役モノだぞイカレゴリ。
「……」
確かに姉のようである。誰かと話しているようだが、ハナシ相手の姿は全く見えない。壁の向こうに座っているようだ。しかし……誰かと話す姉の表情が少々硬質な棘を感じるのは気のせいなんだろうか?
『……ぁああああんっ!!』
!!??
これは!?泣き声!?
「あ、あの……これは?」
僕を見るなよ捨て犬!!そんな顔されたって僕に責任は無い!!てかホントになにやってんだよクサレ3D!!
「こりゃあまた。振り切った泣き声だなあ。新木サン怒るととんでもねえから。ま、誰かアホウな事しでかしたんだろうな」
……?「しょーがねーな」といった表情で呟くゴリ。ゴリの言葉に僕は違和感を覚える。こいつの言葉には姉に対する非難めいたものが不自然なほど無いのだ。喧嘩は両成敗ってのが世の中の倫理観だと思っていたが。
『あああああんっ!!』
……いたたまれない。すごくいたたまれない。不安そうな理子は僕の顔をずっと見ていて泣きそうになってるし。
僕は芝生に手を突き立ち上がる。ものすごく気は進まないが様子を見てくるか。
「あー。ほっとけほっとけ」
退屈そうにそう言うと、ゴリはアイスティーをチューと吸う。
「でででもケンカななんて」
なんで学校の中で泣かせるまで相手を追い詰めるようなことがあろうか?せめて放課後裏庭とかでこっそりやれよ!!
「ケンカじゃねえぞ多分。新木サンはケンカなんぞと縁はねえ」
「へ?」
「ケンカってんのはお互い様だろ?対等ってことだ。新木サンと対等のヤツがガキみたいに泣くかよ」
「……」
よく分からない。なんでこいつは姉をここまで評価してるんだろう?単にイノシシの機嫌が悪くて八つ当たりしてるとは考えないのだろうか?
「ってことは……どういうこと?」
首をかしげゴリの目を正面から覗く理子。ほんとコイツは裏表無い得な性格だ。分からなければ聞く。シンプルはベスト。羨ましい。
「俺は1年のとき新木サンと同じクラスだったんだが……そんとき新木サンがマト懸けられたことがあってな」
「まと?」
「要は嫌がらせってやつか?この学校は陰険なヤツが多いからなあ」
とても楽しい思い出には聞こえない。なのになぜかゴリはニヤニヤと笑っている。
「ま、3人くらいが首謀者でしみったれた嫌がらせをするわけだ。靴隠してみたりアホウな手紙を机の中入れてみたり。レトロ感満載のわかりやすいヤツをな」
「……」
理子は黙ってしまった。きっとその状況に思いを馳せ心が痛んでいるんだろう。その様子はブリキみたいな心しか持たないゴリにも伝わったようで慌てて言葉を繋げる。
「まままあ聞け!でも黙って泣き寝入りする新木サンじゃねえ。俺はオンナを『怖い』と思ったのはあれが初めてだったんだが」
「……!」
ぱっと顔をあげる理子。なんだか……いいやつだなあコイツ。ゴリもちょっとだけホッとしたようだ。
「ウチの授業がイカレてんのはもう分かってんだろ?」
コクコクと頷く理子。この理子やゴリだってそれなりの成績がなければこの学校にはいない。しかしやはりあの授業は異質なものなのか。知識を丸呑みさせるかのような絨毯爆撃。理解など求めない一方通行の教養のなすり付け。
「当然わかんねえ問題とかはあるわけなんだが、お前授業中あてられたらどうする?」
「えーと……黙ってます。だって分かんない問題答えられないよ」
そりゃあそうだ。あの視線の集中する嫌な空気は耐え難いものがあるが、分からないのだから答えようが無い。
「そのいやがらせしてた首謀者がそういう状況にいるときだけ、新木サンは立ち上がって答えを言うんだ。非の打ち所のねえ完璧な回答を」
「助けてあげるんですか?そのひと達を?」
「そうだ。ソレを毎回。半年続ける。するとどうなる?」
「仲良くなる!」
「いや、理子は多分そうなるんだろうが」
ちょっと寒気がする。毎回そんなことをされれば……
「自分は新木サンより『徹底的に劣っている』と思わされるんだよ。ベンキョーだけじゃねえ。運動だって新木サンにかなうオンナなんかこの学校にはいねえんだ。すべてが敵わない、とゆっくり時間をかけて骨の髄まで思い知らされるわけだ」
そんな事態になれば周りの目も明らかに変わるだろう。一連のいやがらせが、ただ矮小でちっぽけでくだらない僻みにしか見えなくなる。
「なんか……すごいですね」
「ああ。んで、とうとう半年後心をへし折られた首謀者のアホウ共は新木サンにアタマを下げることになるんだが」
「仲良くなるんですね!?」
「いや、……アタマを下げているそいつらに向かって新木サンは言うわけだ。『なんの話か分からないんだけど』ってな」
…………。
……………………。
…………………………………………。
おおおおおおっかねえええええ!!!!なんてタチワル!!極悪非道!!マジでちょっと引くレベル!!
「ホントに心当たりが無かったのかもしれねえな。新木サンにとっちゃ完璧にどうでもいいことだったんだろう。そこでまた心を四つ折りにされたアホウ共は……新木サンの目もまともに見られなくなりましたってハナシだ」
「ひあああ……ちょっと泣きそうです。わたしちょっと泣きそうです」
ブルブル震える理子。無理も無い。
徹底した決定事項。姉は曲げない、姉自身も曲げられない厳格な戒律。『心当たりが無い』訳が無い。完全に意識的にすべきことを理解し結果どうなるかまで折り込み済みの自覚的な報復。なにより周到なのは『姉にはそんなつもりはないんじゃないか?』と思わせる手段の巧妙さ。現にゴリは騙されている様だが僕には分かる。
姉は全部わかってやっている!KOEEEEEEEEEEEEEE!!
「でもな。悪いのはいっつも新木サンの相手側なんだよ」
いつもしてんのか!?おいおい聞き捨てならねえぞっ!!
「最近はそんなアホウは居なくなったから新木サンもそんな影すら見せなかったんだが、まだいたんだなあ、アホウ」
姉の学校での顔。特に生徒会やらやってる訳じゃないのにやたらと高い知名度の理由がちょっとだけ分かった気がした。まあそりゃあ僕みたいな弟がいるなんて知られたくないよなあ。
『ああああんっ!!』
「だからまあ……ほっとけ」
未だに聞こえる泣き声のほうを眺めながらゴリはそう呟くと、思い出したように理子を一生懸命あやしていた。