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ベクトルマン  作者: 連打
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ハジメマシテー(姉サイド)

ここ数日、平穏な日々が続いていた。周蔵は相変わらず家でも学校でも無愛想、というか出来る限り他人との接触を避けているようだが……お昼は必ず中庭で梶君や背の小さな女の子と和気藹々としてる……かは微妙だけど食べてるし、わりと無難にこなしてるんじゃないだろうか。

それに接触を避けている、とはいえ以前のような棘が無くなってきた様に思える。まあこれは家族の贔屓目かもしれないけど。


それより問題は私だ。

上手にやってきたつもりだった。3年までくまなく隙なくいろんないざこざを処理してきた。

私は3年過ごしてきて初めて訪れるような端も端、体育館の裏にある水泳部の更衣室。更にその奥に足を踏み入れている。こんな場所があったのかと感心してしまうような学校内のエア・ポケット。誰の視線も届かない死角のそのまた裏。


「ハジメマシテー」


慇懃無礼。厚顔不遜。人をこんなトコに呼びつけておいてフザケタ挨拶。さて、どうしてくれようか?


「柚木サン?私あなたと面識あったかしら?」


「いや、ないね。同じクラスになってもない」


「で?ハナシって?」


「いや、それがさ……うーん」


不自然なほどアップされた豪奢な髪。ぎりぎり見えないくらいの丈しかないスカート。上着のポケットから覗くブランド物の財布。綺麗なコだということは認めるが、全体的に『媚びて』いる。男、視線、欲、etc。

それが悪いとは言わないし好きにすればいいとは思うがそれは私の目の届かない場所でなら、という条件つきである。


「私あまり暇じゃないの。なんにも無いなら帰るけど」


「ちょ!ちょっとまって!お願い!」


意外だった。

私の手首を掴んだ柚木さんの目はあからさまに困惑していて、これではどっちがイジメテるのか分からなくなる。


「どうしたの?すごい汗」


いわゆる『テンパッた』状態。まるで周蔵みたいな流れる汗に毒気を抜かれる。私はハンカチを柚木さんに手渡した。


「あ、ありがとう」


「いいよ。でもホントになんなの?『ハナシがある』って呼び出されたから私てっきりあなたになにか恨みでも」


「ちが!ぜんぜんそんなんじゃない!ホント!」


きれいに纏められた髪に無造作に手を差し入れアタマをかく柚木さん。首筋の汗を拭いながらも「あー」とか「うー」とかうめき声を漏らしている。


「あ、あのさ!」


うつむきながら意を決した様子の柚木さんはそれでもまだ私の顔を見ない。ホントになんなんだ?


「あんたの弟……」


「周蔵?あいつ柚木さんになんかした!?」


ありえなくは無い!大体なにするかわかったもんじゃないしあのバカ!


「彼女とか……いるのかな」


「私からでもいいなら謝って……え?」


「だから……付き合ってるヤツとか、いる?」


いまいちよく分からない。顔を真っ赤にした目の前の派手な女の子と周蔵の彼女の有無、これが全く結びつかない。


「いない……と思うよ」


「ホント!?」


ぱっと顔をあげた柚木さんは、なんだかとてもキラキラしていた。


「じゃじゃあ好きなタイプは!?どんなんが好きなのかな!?」


「えーと……」


言えない。とてもアニメキャラクターだとは言えない。この顔を見てそれを告げる勇気は私には無い。


「じゃあさじゃあさ!いままで付き合ったヤツのタイプとかどんなんだった!?」


「ちょ、ちょっとまって柚木さん!確認しときたいんだけど」


「なに?」


「遊びでちょっかいかけるつもりなら止めて。あなたオトコなんか困んないでしょ?」


「……」


「アイツはバカだけど大事な弟なの。別にアイツが誰と付き合おうが構わないけどハナから遊びなら誰か適当なオトコでいいでしょ。多分アイツつまんないよ」


柚木さんは黙っている。ただの興味本位なのか悪食なのかは知らないがどちらにしても好ましくは無い。ってかむかつく。


「正直いうと……よくわかんない」


「へ?」


私のなかで柚木さんのキャラクターがさっきからブレまくっている。随分不安定なコだ。会った時から中々要領を得ず矛先を逸らされっぱなしでどうも調子が出ないや。


「わかんないの!妙に声が聞きたくなったり、いざ話しかけようと思っても、あたしこんなんだし迷惑だったらどうしようとか思ってビビッちゃって……どうしたらいいんだこれ?」


「私に聞かれても……ねえ」


「これって遊びなのかな……自分でもホントにわかんないの!近寄ったら嫌われるのが怖いし、でも……あーわかんない!イライラするの!最近!ずっと!」


おーい周蔵。


「やっぱあたしみたいなのが近寄ったら迷惑かな?あいつ真面目そうだし!どどどう思う新木さん?」


あんたエライコトになってるぞー。何したのよ全く。なんかアホらしくなってきたよお姉ちゃんは。


「ねえってば!」


泣きそうに潤んだ目。不審な挙動。発汗。赤面。恋する乙女だね間違いない。

しかしまあギョーザにマヨネーズみたいな見事なミスマッチ、うまくいきそうには全く思えないが。


「……」


やっぱり、この不安そうな顔を見たら言えない。

なんだかキラキラして……かわいいんだもの。

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