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ベクトルマン  作者: 連打
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チチタルユエン


ペットボトルを投げて寄越した日を境に姉は僕のランニングに付いて来なくなった。

寂しいとか物足りないとか甘酸っぱい系の感想があるわけではないが張り合いは確かに薄くなっている。春休み中なので誰に会うわけでもないし。いや、学校行ってたとしても誰かに気に留めてもらえるわけでは全くないんだけど。


「なに泣いてんだ?」


自宅マンションの下で柔軟体操をしていた僕に声を掛ける背の高い男性。190センチを超える長身から見下ろされるというのはかなりの敗北感を伴う。

古い電柱のように自然にそこにあり、気にしだすと圧迫感は天井知らずに跳ね上がる、不思議な存在感を持つこの男性……戸籍上は父だったりする。


「泣いてないよ」


僕の返事を聞いてるのかハナから聞く気がないのか、『父』はスーツの裾をはためかせ僕に軽く手を振り出勤していった。


ヤツはどう客観的にみても、間違いなく変人の類の人種だ。


小学校3年の時に新しく僕の姉と僕の父となったヤツは何も押し付けず、飾らず、淡々と僕らの相手をしていた。

姉は今でもヤツに馴染めないらしくほとんど会話しないし、ヤツは相変わらず飄々と生活を送る。

そんなヤツが意志をはっきり示したのは今までに一回だけ。



他界した母の実家に引き取られようとする僕と姉。それが普通だし自然。

親子と認め合うには6ヶ月という時間は短すぎた。

親戚中誰もがそう思っていたし僕と姉もそれが当然だと思っていた。

たった半年一緒に暮らしただけの限りなく赤の他人の僕らに向かって……


ヤツは言った。


「自分の子は自分で育てる。お前たちは俺の子供なんだから。見ろこれ、ほら」


ヤツの手にはヒラヒラと戸籍謄本の写しがはためく。


「ここ。ここにはなんて書いてある?」


突き出された戸籍を目の前に差し出され多少うろたえながらも姉は言葉を吐き出す。


「……長女」


「そーだ!お前は俺の長女!でそこの肉団子は長男ってわけだ!文句あるやつは今なら受け付ける!」


親戚一同を長身から見下ろしヤツは腕組みをした。って誰が肉団子だ。


シンと静まり返る畳敷きの大広間。


「君……少し冷静に……」


「却下だ!」


異議を受け付けると言った10秒後に気持ちいい程の完璧前言撤回。まともな大人のすることじゃない。


その後、何度か話し合いの場が持たれたようだが結局ヤツは主張を曲げなかった。『父さん』と呼ばない息子と『父』と認識していない娘を引き取り生活することがヤツにどんな意味があったのかは今でも分からない。

相変わらず姉は家ではフィギュアのように表情を変えないし、僕はいじめられっこ寸前のデブオタク。


干渉しないのはヤツの美徳ではあるが、昔は何を考えてるのか全く分からず恐怖さえ抱いていた。


実はデブ専のショタ野郎で虎視眈々と付け狙われてるんじゃ……と貞操の危機さえ感じていたものだ(キリッ)

夜中恐ろしくなってしまい姉の部屋に相談しにいくと「脂汗拭け。そして失せろ」と助言をもらったのはいい思い出。

姉はツンギレの走りである。

デレない事にブレがない。

姉△。



「ちょっと……」


意識を幼少期に飛ばしていた僕は姉の接近に全く気づかなかった。本人にだけしか分からない黄金比によって微かに短くなったスカートと品のあるピカピカの革靴、謎のイイ匂い。

いつものことながら隙が無い。


「ご飯あるから。父の残りだけど」


姉はヤツを『父』と呼称し距離を縮めようとはしない。あくまで属性としての呼び名を頑なに堅持していた。

しかし今、問題はそこではない。


「私今日学校あるから。あんたも明日入学式なんだからちゃんと準備しときなさいよ」


「……」


「……なに?」


「優しい……から気持ちが悪い」


正直な感想だった。

僕の身に何が起きているのか?姉にどんな心境の変化が起きたのか?ちょっと寒気がしてきました。はい、ブツブツとチキン肌。


「……ごめん。よく……聞き」


「キモチガワルイ」


「もう一度……」


「キモチガワルイデス」


軋んだ笑顔の姉の眉間に国境みたいな一本筋の通った皺が刻みつけられていく。しかし今止めるわけにはいかないのだ。姉をいつもの姉に戻すのだ。なぜなら姉は……


血が繋がった3次元のメスなのだ!(ババーン!)

さあオタの誇りと矜持をその手に掴め俺!傷ならこのあいだこっそりamazonで買った抱き枕に癒してもらえ!


さあ!池!


「キモ」


「あんたのあの絵が付いた変なシーツ捨てといたから。やめてよね気持ち悪い」


「うあああああああああっッ!!なんだようっ!!やめてようっ!!」


「……ツライ?悲しい?」


くすくすと満足げに会心の一撃を繰り出し学校へと去っていく姉。

ピンポイントに心を抉られた僕はがっくりと膝を地面に突き刺した。


あと涙でタ。

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