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ベクトルマン  作者: 連打
186/189

〔カナ編〕気分爽快(梶サイド)



上等、である。


あのバカ久しぶりに顔だしたかと思えば『親父に会え』だと?

一体何考えてんだか知らねえがあいつの親父と何話せばいいんだよ俺が。どう見たって今一番やべえのはてめえだろうが。頬なんかげっそりコケてやがるし、そのくせ目だけはギラついてる。

親に泣きついてどうなるもんでもねえだろうし、てめえの状況知ったらその親父卒倒するんじゃねえか?



「……」



でも、まあ。



こうして夜の夜中に出張って来てる俺もアホウか。

俺は律儀にあのバカの指定した時間に指定した場所までノコノコ移動中なのだから。



ああ、ここか。

大通りからは外れた通りにある寂れた……喫茶店か?店内は薄暗く壁は煤けている。

扉を開けると耳障りな金属音が響いた。昔ながらの小さな鐘を模したベルがぶら下がっていたのだ。



「……」



店内に入るなり独りの男と目が合った。

座ってはいるが……でけえな。俺と同じ位タッパはありそうな中年はでけえ身体を折りたたむように小さな席に収まっている。



「梶君かい?」



「ん、ああ」



「呼びつけて申し訳ないね、こんな時間に高校生を」



人当たりの良さそうな笑顔、適度な声量。

その中年は自分の向かい側の椅子をがが、とズラせ『どうぞどうぞ』と言った。



「いやあ、あのバカの話がよく分からなくてね。キミ見たトコ聡明そうな顔立ちしてるしちょっと掻い摘んで説明してほしいんだ」



俺が椅子に座ると、にこやかに俺にそう告げる中年。

なにも、分かってねえんだろう事はツラ見れば分かる。てめえの息子の置かれている状況知ってたら……こんなとこで悠長にコーヒーなんぞ飲める訳がねえからな。



「その前に、ちょっといいかい親父さん」



「もちろん」



切迫感のまるで無いこの中年の態度に俺は若干ハラを立てていた。

この調子ではハナシなんざ無理、同じ土台には立てねえ。

あのバカこんな人の良さそうなおっさんと何話せってんだ。



コーヒーをすするその親父に向けなんとか言葉を吐き出す。やはりハナシが出来ねえと判断した時点でこの会合を打ち切ろう、そう心の中で断じながら。



「あんた周蔵が今どうなってるか知ってるか?」



「どう?相変わらずバカなのはキミだって知ってるだろ?迷惑かけてすまないねえ」



「……そうじゃねえ。危険、なんだよ。やべえのさ」



「うん?まあアレは確かにヤベーなうん。人形のスカートの中覗いてせっかくの休日を過ごしたりする。相当だよ」



小さく呼吸を繰り返す。

はっはっ、は



ダメ、だ。なんだこりゃ。何言っても無駄だろこりゃ。



「いやでもさ、申し訳ないから梶君はほっといて。気にしなくていい。あいつどうせひとりでバカやってんだから」



「……」



「なんか最近元気が無いようだが、まあ気のせいでしょ。そのうちまた元気になると思うよ」



「……」



そうにこやかに俺に告げる親父。俺に迷惑をかけまいと気遣っての発言なんだろうが……俺は正直こいつが嫌いだった。

なにも分かってねえくせに自分の尺度で息子を断罪して心配の欠片も見せやしねえ。



「無口だね梶君。まあ男の子はそのくらいの方が」



「おい」



「ん?」



「よく分かった。あんたに話す事はねえ」



乱暴に立ち上がる。

もうこんなトコに用はねえ。全く胸糞悪ぃ。



「まあ待ちなよ」



瞬間がしりと俺の手首に中年の手のひらが食い込む。膂力が服越しにも伝わってくる。振り払おうとしても微動だにしない。俺は立ち上がった状態のまま動けなくなっている。俺が?動けない?



「キミがいいやつであいつを真剣に心配してくれているのはよく分かった。いつもバカが世話になってるね。本当にありがとう」



そう一息に言うと親父はテーブルにぶつけそうな勢いで頭を下げる。

同時に俺を拘束していた手のひらも外れていたが、急に雰囲気を変えた親父の空気に呑まれてしまっていて動くのを忘れていた。


棒立ち、である。



「ただね、梶君にお願いがあるんだ。聞いてくれたらうれしいんだが」



「な、なんだよ」



真っ直ぐで実直な目。

本当にさっきまでと同じ男だろうか。



「あいつは相当なバカなんだが……今回の事に関してあいつを心配しないでほしい」



「……」



静かに一定の口調で話す男の言葉は、先ほどまでとは違い芯に来る。

うつむき加減での独り語りは、まだ続いた。



「多少はバカから事情を聞いたんだがね。人助け、ボランティア……なんでもいいんだけど。その辺りの事と言うのは、言ってみりゃ狂気だ」



「……狂気?」



「基本大きなお世話、頼まれてもいないのに。そんなものに本来価値なんか無い」



「いや、でも」



「加えてあいつは知っての通りバカだから、目的は手段を正当化出来ないと気づかない。やってはいけない事ってやっぱりあるし、結果を得る為に何をやってもいいなんて……これは通らない。間違いなく」



「……」



「それをやろうとしてる道化なんだよあいつは。あいつはそれでも梶君を信用してるみたいだから。その梶君があいつを心配したりしたら」



その時、親父は少し照れくさそうに笑いながらこう言った。



「あいつ惨めなだけになっちゃうから」



少し諦観の滲んだ真っ直ぐな目。

それは周蔵のようであり、新木さんのようにも見える。



「けっ」




そうかよ。



・・・・・・・・・・・・・・

この一家はみんなこうなのかよ!



分かったよノッてやろうじゃねえか!

後悔すんじゃねえぞコノヤロウ!!



「誰があのドアホウの心配なんかするかよ!俺は面白そうだからこんなとこにまで出張って来てんだ!」



「うむ!梶君は見所がある!」



「うるせえ!俺の知ってることは全部教えてやるよ!ちゃんとスカッと面白く出来んだろうなおっさん!」



「大爆笑、気分爽快」



「けっ!」



この親だから新木さんであり周蔵なんだと思い知らされる。

こいつらが何企んでんだか知らねえが、俺も噛ませてもらおうじゃねえか。

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