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ベクトルマン  作者: 連打
185/189

〔カナ編〕がんばって



薄暗い、もう見慣れてしまった部屋の中。

無機質な調度品には目もくれず、一心不乱に励んだ。

2時間きっちり。



「……」



ベッドの上、思う。

智香のシャワーを浴びる音が控えめに部屋の中を徘徊する。終わったんだ。

結局今週は毎日ホテル通いだった。

こんな僕でも多少の自信は付いたし、やれることはもう無い。

『アキラさん』とは今日の深夜の約束だったのだ。



場数だけ踏んでどれほどの意味があるのかは正直分からない。しかし智香の反応を見る限り捨てたもんでもない気はしている。


焦らないこと。

相手をよく観察しながらすること。

動揺せずこなすこと。


それだけを徹底するのだ。出来ないことじゃない。

僕は文字通り身を投げ出して協力してくれた智香に報いるためにも……柚木カナの為にも絶対になんとかしなくてはならないんだ。



「なに難しい顔してんの周蔵くん」



タオルを一枚体に巻きつけた智香は薄明かりの中シャワー室から顔を出す。

今日で終わりなのだ。

本当に申し訳ないと思う。

僕なんかとこんなことになってイヤで無いはずないんだから。



「ちょっと?なに?」



僕は智香に向かって頭を下げた。

ベッドにめり込む勢いで。ありがた過ぎて顔を見られない。



「ごめんね、ごめんなさい」



いくら謝っても謝り切れるものじゃないことは僕にだって分かる。

でも頭を下げずにはいられない。

謝らない訳にもいかない。



「ちょっと!謝らないでよう、やーめーてー」



智香はどこまでも朗らかだった。なんでこの子はこんなにも協力的なのか?

計り知れない智香の心の広さに感服しっぱなしである。



「で、さ」



ぼす、とベッドに飛び乗り僕の隣に陣取る智香。

やはり笑顔。

柚木カナを救いたい同志がここにいることに心から感謝した。



「周蔵くんて何か好きな物とかある?」



「……え?」



「わたし作ってくるよおべんと。ほら、周蔵くんていっつもパンじゃん?」



お、弁当?

そ、そうか。

わざと話題をはぐらかし僕の罪悪感を和らげようとする智香。

なんて出来た女の子なんだろうか、全くいつものノリで接してくれる深い優しさはどっから沸いてくるんだろう?



「あ、ありがとう。でもいいよ、僕カレーパン好きなんだ」



「ダーメ!栄養偏っちゃうってば!許しません!」



とう、そういって僕に飛び掛ってくる智香。

ベッドの上、僕と智香は絡み合うように転げた。



「ん」



僕の頬に唇を押し付ける智香。



「……」



こんなに力があったのかと驚く程の圧。

なにかあったのだろうか、智香は僕の目を睨み付け黙ったままキツク僕に体重を預けている。



「……周蔵くん」



「はい?」



ようやく言葉を発してくれた事に少し安堵する。ものすごく怒っていたらどうしようと思っていたので拍子抜けした。



「また……会って」



「え、あ、うん。ちゃんと学校行くよ。ごめん休んでばっかで」



ん?

智香に謝るようなことでもなかったか。



「じゃなくて……こうやって、会えない?」



「あ、え?」



僕が信用できないのはすごく良く分かる。身をもって体験している智香は僕の技術に不安を残しているんだろう。しかし期限は区切られてるしあとは僕がなんとかすべき問題なのだ。


そこまで甘えるわけにはいかなかった。



「だ、大丈夫。僕頑張るから。なんとかするから。ごめんね頼りなくて。でもあとは僕がなんとかしなきゃダメだと思うんだ」



「……」



智香は目を伏せ歯を食いしばっている。

僕は確かに毎回毎回バカばっかり晒してるんで『今回は大丈夫』なんて全く説得力が無いのは分かっている。でも、もう、これ以上は。



「そ」



ぎゅっ、と。

不意に智香は僕の体を絞るように全身で掴んだ。ぎりぎりと。

僕の胸に顔を埋めたっぷり2分その状態は続いた。



「そ、そうだよね!こんなに協力したんだからなんとかしてきなさい!」



そう智香は僕にエールを送る。



「わ、分かった!ありがとう智香!このお礼は必ずするからね!」



僕は慌てて服を掴み羽織る。もう時間に余裕がなかった。

早くクズテンチョーに連絡しなければ。



「周蔵くん」



「?」



智香はタオル一枚でベッドに横たわったまま、俯き僕を呼んだ。

声は篭っている。やっぱり怒っているんだろうか。



「がんばってね」



「う、うん!」



なぜ、なんだろう。

ちらりと見えた智香の表情はすごく悲しそうに見えた。

薄暗い部屋の中、影の加減でそう見えただけかもしれないが。




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