〔カナ編〕ただただ(カナサイド)
夜に街中へと歩きだした私は、本当に決意を固めたんだろうか?本当に。私の意志で。
今となっては全く自信が持てないでいる。
「はぁ」
愚かだと、情けないと分かっている。それでもどうしても歩けなくなり……今はただ座りたい一心で手ごろなベンチを求めて視線を漂わせた。
無理だ。
やっぱり私にはお母さんを裏切ることなど出来ない。しかしこのままでは周蔵が。
その葛藤は何回目だったろうか、もう思い出せない。
街はヌルく騒がしく、まばらな喧騒でさえ疎ましく思う。根性の無い私は出来ることが何も無い。
もう、でも、いや、しかし。
ずっと視線の端で捕らえている交番の毒々しい赤色灯、本当に私はあそこに行くのだと思ったんだろうか?部屋を出る時の私はまるで他人のように現実感が無い。
「あ」
利用したことの無いバス停に備え付けてあるベンチを見つけゆっくり腰を下ろす。
埃が覆っていたけど今は全く気にならない。
脱力感に押しつぶされそうだった。
「……」
ジジイに体を触られるのは、いい。もうさすがに慣れている。
今更どうって事はないんだ。ぼちぼちやってきゃそのうち終わる。
このススケた生活だってずっと辛かった訳じゃない。学校行けばみんながいるしね。
「……」
悪ガキみたいな顔で楽しそうに笑う古都。
ぶっきらぼうにメシ食ってる梶。
ヘーコラしてる割に敬意の欠片も無い智香。
しょっちゅう挙動不審の藤崎。
「……」
訳の分からない事に全力で首突っ込んで、いっつも結局バカ丸出しになっちゃう……周蔵。
それだけあれば私は笑えた。
わたしがどんな生活をしていようと、その場所では何があろうと私は『柚木カナ』で。
それを誰も疑わず、きっとこの先もこうだって……こんな延長に未来ってあるんだったら。
いいなあ、って……思ったんだ。
「……」
でも、やっぱり違うんだよね。世の中そう都合よくはいかないみたい。
「……」
ぬるりとした空気の中で泳ぐように頭を振る私。
甘ったれている。ハナシにならない。
私は何をしにわざわざ出てきたんだ?
お母さんを警察に突き出すためじゃなかったの?
「……」
お母さんは……もう完全な中毒だ。
私はずいぶん前から知っていた。お母さんもどんどん隠さなくなっていて、今では注射器のケースが三面鏡の棚に無造作に置かれている。
私の給料もすでに追いついてない。私がどんなに働いてもオーナーが肩代わりしてる額は減るどころか、徐々に膨らみつつあると聞いた。とっくに破綻しているのだ。
家計も倫理も一緒にぐるぐる溶けてしまっている。
「……」
私が今、あの交番に飛び込み事情を説明しお母さんが拘束されたとして。
すぐ困るのはむしろ私。
ほぼお母さんに渡してしまっているのでお金が無いし、今のマンションだってオーナー次第でどうなるか分からない。
実家に帰るにも家賃は要る。水道ガス電気その他諸費用だって毎月必要だ。
たったひとり、学校に行きながら賄える訳が無い。
それにお母さんの処遇だってどうなるの?弁護士とか?一体どうやれば?
どうしたらこうなるって感じの目測すら全くわからない。
そして……誰にも頼れない。
もはや涙も出ない結末、滑稽ですらある。
「……」
だからといってこのままって訳にもいかない。
それは分かってる。
「……」
私は。
保身の為に動けないんだろうか。
自分がどうなるか分からないから、ただ怖がってるだけなの?
周蔵まで私の不幸に巻き込んで……お母さんを警察に放り投げようとして。
身動きが取れずにただ座っている。
ただただこうして夜空を眺めている私は間違いなくクズだ。
私は……そんなヤツなんだ。
ぎり、と歯噛みする。いや、フリだけかも知れない。だって私クズだし。
「……んで」
なんで
私なんかの為にバカやってんだよ周蔵!!
もうほっといて!!だめなんだよわたし!!無理なんだよ!!
「っ!!」
掻き毟り、もがく。
消えてしまいたかった。
誰かっ。
助けてっ。
こんなのもう……イヤだぁ。