〔カナ編〕不純じゃない動機
「おっ時間通りだな。御苦労さん」
首を捻りながら帰還を遂げる僕。
薄暗い事務所で首だけ僕に向けたテンチョーは冷蔵庫を顎で指し勝手に飲んでいいぞ、とPCに向き直す。機嫌が良いのだろうか声が弾んでいるようで聞いててキモチガワルイデス。
「……」
僕は無造作に玄関に靴を脱ぎ散らかし殺風景な事務所を見渡す。チカチカと作動するPCのLEDのみがやたら目に付く。ここは基本間接照明で照らさなければいけない戒律でもあるんだろうか?宗教上のナンダカンダなのか?
カタカタといかがわしい文言をタイピングし、どっかのだれかの欲情を煽るのに精を出すテンチョーはこれまた上機嫌で(多分)俺のも取ってくれ、そう言った。
「……」
僕は微糖と描かれたコーヒーを冷蔵庫から一つ取り出すと、テンチョーの脇に置いた。さて、どう切り出したものか。
「いやあ、今日ってなんかツイてんだよ新木君。ずっとみんな出っ放し、こんな日もたまにはないとな。今日は逆にお前はのんびり出来そうだぞ、まあ寛いでろよ」
どうやら現在進行形で絶賛金儲け成功中であるらしく鼻唄まで飛び出すゴキゲンっぷり。
よし。
今なら聞けそうだ。
「クズテンチョー」
「……いきなりなんだよ新木君。人が楽しく仕事してんのに」
「い、いや。さっきのお客さんが言ってたんで『よろしく』って」
「は?」
「アキラって言ってた。知ってマス?」
「……マジ?」
僕が頷くとクズテンチョーはPCチェアーの背もたれに全体重を押し付ける様に天井を仰ぎもう一度『まじかー』と呟いた。どうやら心当たりが有るようで、しかもあまり良くない事態であることは見てとれる。
「アキラちゃん他になんか言ってたか?」
「……来週もう一回呼ぶって。んで今と変わんないならクビって」
ぼりぼり頭を掻きだすテンチョー、突っ立ったままそれを眺める僕。
何にも状況を把握できてない僕が今出来るのはここでクズテンチョーに報告する事、そんだけである。
ま、まあ仮にも『店長』だし?どこのサバの骨とも判らないハッチャケねえちゃんに『クビ♡』なんて告げられたところで痛くも痒くも無いし?
よっしゃ、ここはひとつクズテンチョーのクズたる所以をサバ女に、さあ示そうぞ!ゼニゲバ!守銭奴!
このクズテンチョーにかかればカトちゃんの嫁だって裸足で逃げd
「短い付き合いだったな新木君」
「んがっ!?」
「マリアの事は……まあ諦めろ、土台無理筋だった話だ」
「ちょ、ちょっとま、まってって」
「どっち取るかって話なんだよ新木君。アキラちゃんが店に落とすカネがなあ、お前とは比べ物になんねえんだわ。悪く思うなよ?」
「わ、わからない!なんなんだ?アキラってサバ女一体なんなんだよ!?」
「サバ?」
店長はくるりとチェアーを回転させ突っ立ったままの僕に向かう。上機嫌だった表情は薄暗い事務所に合わせる様にくすんでいく。
「新木君にできることは一個だけだな」
「……」
スーツのポケットにライターがあるのかどうか、ブロックサインのような仕草をしながら言葉を吐き出す店長。僕は一貫して突っ立ったまま。他に出来る事がない。
突っ立ってクズテンチョーの言葉を待つしか出来ないでいる。
「アキラちゃんは真面目に働いてくれるいい子なんだよ、新木君みたいに動機も不純じゃないしな」
「……不純?」
「だれかの為にこんなトコで働く、不純もいいところだ。悪ふざけだととられても無理ない。なにより気味が悪い」
「……」
言われたい放題である。だれかの為って不純なんだろうか?じゃあ、不純じゃない動機ってのをサバ女は立派に抱え込んでいるんだろうか?
僕はその疑問を店長にぶつけてみる。
「ああ、アキラちゃんは生活の為だ。あとは性欲処理とも言ってたな」
「は?」
「そんな顔すんなって。新木君よりよっぽどマトモな理由なんだよここじゃあな」
どんな顔をしてるのか気にする余裕が無い。
店長は僕に本気で柚木カナを諦めろと言っているのだ。
「……とはいえ、新木君何するかわからんからなあ。ま、幸い一週間ある。そう言ったよな?言ってたんだろアキラちゃん」
「あ、はあ。来週また、って」
「じゃ、キマリだ」
「へ?」
「アキラちゃん満足させりゃあいいんだろ?どっかで特訓してこい。まあ俺も新木君いた方が小遣い増えるから、出来たら仲良く働いてほしいってのが本音なんだよな」
特訓てなんだよ!?どこで!?だれと!?なにをどうすりゃいいの!?
僕にはミヤギ的なじいさんの知り合いなんかいないぞ!?
ってか……
特訓!?
え!?
「ま、ガンバレ。内心は応援してっから」
……え?_
ちょ、
え?