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ベクトルマン  作者: 連打
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〔カナ編〕いやいやいや(奈美サイド)



最近不景気だよなあ。

事務所に上がるエレベーターの中、相手もいないのに呟いてみる。

仕事無くはないんだけど……一回の単価は明かに目減りしている。手を抜いているなんて事も無く愛想笑いも溢れんばかり、接客業としては言うことナシじゃね?



「……」



……その点カナはいつも出てったらそれっきりだった。アイツがいない時間が多ければ多いほどわたしのストレスは溜まっていく。


『いないだけ』。それだけで腹が立つ。

カナを気にしてしまう自分自身にも腹が立つ。

カナがわたしなんか気にも掛けていないことにも腹が立つ。

なんなんだよったく。



ピン、とエレベーターが控えめに到着を告げる。音もなく開いていくドアからすり抜ける様に廊下に出ると街明かりにボンヤリ照らされた通路を進んでいく。

また『待機所いけよ』とか言われるのかなあ。バカユキトはへらへら迎え入れる癖に、わたしに対して店長はいつもそっけない。

そういやあいつ、帰ってきてんのかな。

だとしたら事務所に行っても追い払われないような気もする。店長あのバカがいると機嫌いいから。


あーでも。



真央もいるとうっとおしいな。あのバカはわたしが真央の事心配してたってクソみたいな勘違いしてっからなあ。



ああ、うっとおしい。

二人ともどっか消えてくんないもんかね。



「……」



わたしは事務所のドアを開く。両方居ないことを願いながら。



「あ、こんばんは。お邪魔してます」



店長の脇で突っ立っていた男は振り向きざまに愛想良くわたしに向って挨拶する。

このスキンヘッドの男を、わたしは街で何度か見たことがあった。この事務所にも何度か来ているはず。

しかし何者かは知らない。呼び名も『中村さん』であったり、『伊藤さん』であったりで……掴みどころが無く、得体が知れない。



「いやあ、田中さん直々に視察って。あんまりビビらせないでくださいよ」



ここでは『田中』らしい。

店長は仕事モードの営業スマイルで『田中』と談笑していた。



「いやいや、妙な話が回ってきててね。あんたんトコ、ほらホストクラブもやってるでしょ」



「みたいですねえ。まあ僕には縁無い所ですけど」



「またまたぁ。あんまりアコギにやっちゃうと、ほらイロイロあんじゃん」



「やってないですって。そのホストクラブが何しようが僕は無実!ケッパク!無関係!」



スキンヘッドは愛想よく店長に話しかけ、店長も愛想よく答える。淀みなく、顔見知りのように。

いや、事実顔見知りなんだろうけど……なんだろうこの会話?妙にギスギスして聞こえる。



「なんかね。イカツい高校生があんたのトコのホストクラブのバック探ってるみたいでね」



「へえ。最近のガキは何考えてんですかね?んで、田中さんがニラミ効かせて追っ払っといてくれたんでしょ?」



「ちょっと話しただけだよ。勘の良さそうな学生だったからこっちも助かった」



「こえええ。『ちょっと話した』って感じが超怖いじゃないですか」



「ま、ぶっちゃけそんな事どうでもいいんだ。それより『マリア』って子の写真、ある?」



……マリア。

こんなとこでも、またカナかよ。

もちろんありますよ、そう言って店長はマウスをグリグリ動かし写真をフォルダから探し当てる。その間もこの二人はずっと笑顔を絶やさない。



「……まあ実際はここまでゴテゴテ化粧はしてないですけど、こんな感じですかね」



少しキツ目のメイクをしたカナの写真がPCのモニターにでかでかと表示される。



「ああ、この子かあ。こりゃ確かに美人だ」



「別格ですよ。田中さん、どうです?」



冗談半分で田中に営業を掛けようとする店長。にやにやと張り付いたその笑顔は田中には全く届いていないようで……田中は食い入るように真剣に写真を見つめている。



「……いやいや、そんな無茶しないよ」



モニターを覗き込みながらそう呟く田中、一方店長は田中の言葉に何かを感じ笑顔を少しだけ堅くした。



「あれ?なんなんですか田中さん?いやだなあ、おどかしっこナシですよ」



「ああ、そんなつもりじゃなかったんだ。ごめんごめん」



邪魔しちゃったね、そう言って店長の肩をポンと一回叩くとくるりと反転する田中。

その際あたしと視線が合った。



「ごめんねヘンなの来ちゃって」



「……いえ、べつに……」



またついさっきまでの得体の知れない笑顔でわたしに言葉を投げかける田中。



「お仕事頑張って下さい」



「あ、ありがとうございます」



ふいに田中がわたしに向ってぺこりと頭を下げるもんだから、つられてわたしも頭を下げる。

本人にその気が無いのは分かるんだけど……事務所に入ってからずっと、さっきも、今も。

わたしは店長やこの部屋ごと、事務所の空気まで査定でもされているような居心地の悪さが拭い切れない。



「じゃ、店長また」



「いつでも来て下さい」



店長はどうなのか分からないけど。

田中が出て行ってからもしばらくは……わたしは妙に落ち着かない気持ちを持て余していた。

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