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ベクトルマン  作者: 連打
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〔カナ編〕きっと、ずっと(カナサイド)



「あ、あのさ」



「ん?」



わたしは久しぶりに実家に顔を出している。お母さんとちゃんと話をするために。

もう有耶無耶には出来ないんだ。わたしがいつまでもこんなんだから周蔵は。



「仕事、なんだけど」



「あ、あんたまた最近行ってないんだって?昨日だったか電話あったよオーナーから」



お母さんはもう深夜だというのにいそいそと厚めの化粧に一生懸命で、中々わたしを見ようとはしない。まあこれまでもわたしはサボり気味だったし、化粧を進めるお母さんは完全にいつものお母さんだった。

いつもの光景、日常。

辞めなくちゃ。



「……」



わたしは静かに深呼吸した。

実家のアパートは部屋が二つしか無い賃貸で。

今のわたしが住んでるマンションの3分の1程度の家賃で。

アパートの家賃もマンションの家賃も誰かさんのお金で払われてて。



「……」



でも、もう。

お金の問題じゃ無い。いや……多分最初からそういうことじゃなかったんだと思う。

それでもわたしは『そういうものだ』って今まで受け入れられてた生活を無理矢理捻じ曲げようとしているのだ。

きっと悪いのはわたしで、ずっと悪かったのもわたしなんだ。



「辛い仕事なのは分るんだけどさー、ホラ何かとお世話になってるから。一休みしたら連絡しときなさいよ」



お母さんは首筋に香水を振りまきながら鏡越しに優しくそう言った。

握った手の平に汗が滲む。



「あ、あのさ」



「なぁによ?どしたの怖い顔しちゃって」



振り向いたお母さんからふわり、ときつめの香りが鼻をくすぐる。

実家の匂いは昔から……この匂いだった。



「もう、行かない。仕事……辞めたいんだ」



初めてだった。

よくサボってはいたものの、わたしは『辞める』とは今まで一度も言わなかった。

だから。



「……」



このお母さんの表情もまた、初めて見るものだった。



「な、なに?どしたの急に?」



覆い隠すような作った微笑みでわたしに声を掛けるお母さん。

さっき少しだけ見せた表情は……わたしの口を簡単に塞いでしまう。



「なんとか言いなさいよ、ねえ。カナ?」



突っ立ったままのわたしの足の甲に手を置きながら上目づかいで問い掛けるお母さんの表情……コレは見たコトある。ガキの頃どうしても好きになれなかったお母さんの表情。最近やっとわたしにも分かってきた。


これ……『オンナの顔』だ。



「あんたは賢いコでしょ?いい学校行かせてるんだから」



学費だってお母さんは払っていない、もちろんわたしも。

だからなんだって言われたら返す言葉なんて持ってないけど。



「カナ……」



薄い仮面は簡単に剥がれ落ち、それを隠そうともしない。

ある意味『強さ』だと思う。

『オンナの強さ』だ。



「あんたを育てる為にわたしだって働いたの!あんたと同じ様にね!今度はあんたの番ってだけじゃないの!何が不満なのよ!?」



わたしは黙って聞いていた。

不満なんて……無いよ。その苦労は身に染みてる。

だから今お母さんがホストにボケてたって分からなくもないんだ。実際そんなコいっぱい見てるし大して珍しくもない。まだお母さん34だし、そうやって綺麗に着飾っていれば。



わたしが居なければ……恋愛だって気兼ねなく出来ただろうし、ね。



「わたしは我慢したんだから!あんたも頑張りなさい!」



ごめんなさい。



ごめんなさい。



「……生活だって、ね?分かるでしょ?オーナーになんて言えばいいのよ。あんたも今まであのマンションで不自由なんて無かったでしょ?」



ごめ……。



「何の仕事したって嫌なことなんてあるんだから、あんただけじゃ無いんだよ嫌な思いしてるの」



……………………。




「あんたは立派な武器持ってるじゃない。その顔スタイル全部、みんなが望んでも得られない武器をあんたは最初から持ってるの。ずっとナンバー入ってるのが証拠よ」




古都。周蔵。




わたし、わたし。





「泣かないの、ちょっと疲れてるだけよ。経験あるから。しばらく休めば大丈夫、すぐ元気になるってば」




バカだと、


愚かだと、



ずっと前から知っていても。




同じように馬鹿で愚かなわたしは…………やっぱり。




お母さんを大事に思ってしまうんだ。






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