〔カナ編〕星空
「……はぁぁぁぁ」
僕と真央さん、そして過剰にテレ屋な事を隠しもしない奈美さんがプリプリしながら事務所に入ると……見計らったようなタイミングで繰り出されるテンチョーの盛大な溜息。『どうしたんですか?』と聞いてほしいのが丸解りのこれ見よがしな行動に僕はあえて聞こえないふりをする。
どうせロクな事はない。
「どうしたの?」
おぉいっ!
なんで聞いちゃうかなこのテレ屋!!
「いや……この仕事何が面倒かって、会話だよホント。一切儲からない時間ってのが一番しんどい。そう思わないか新木くん」
ほらね。
ほらね!
質問したの僕じゃないのに返事は僕に来たじゃないか!
「はあ」
僕はなるべく興味無さそうに相槌を打ちながらソファーに座る。
相も変わらず薄暗い事務所の中でPCのモニターが二つ、ぬぼぅと存在感を放っていた。
ちなみにテンチョーはいつもいちいち高そうなテロンとした生地のスーツで、しかも何着も持っているようだが……モニターは中華製だ。あれでは一部の動画編集や画像加工のクオリティに影響が出そうなものだし、サイトの更新程度なら絶対二つも要らないだろコレ。
必要なモノ不必要なモノ、その辺の線引きがイマイチ曖昧なんだろうなこのヒト。
さすがフーゾクテンチョー、ヤクザ寸前のグレーなエリアの住人である。
「俺はなあ……新木君ってもっとバカだと思ってたんだがなあ」
『実はバカじゃなかった』という意味で捉えて喜ぶほど僕もアホではない。いや、確信はぶっちゃけ持てないが多分。きっと。そうあってほしい。で、出来たらでいいけど。
「あ!店長もやっぱそう思う!?」
真央さんは何が楽しいのか知らないが弾んで声でそう言うと、僕の太腿に自分のケツを擦り付ける様にソファーに収まる。ってか狭い。ソファー広いんだからもっとあっちいけ。
「ああ思うね。『こうするだろう』って予想の逆をされたよ。お前ワケわからんヤツだったんだな」
「でっしょうっ!?意外に男らしいってカンジ!?芯があるって言うの!?」
「こんなトコでまだしぶとく働いてんだからバカはバカなんだろうがなあ。めんどくさい方のバカだったか?余計な仕事増やしやがってよ全く」
「いっつも割とボーっとしてるけど意見は言う、みたいな!なんかそういうギャップがいい感じだよね!」
テンチョーと真央さん、言っとくけどあんたら会話になってないから。それに目の前に本人座ってんのに僕を評するのを出来たら止めてくんないだろうか。ただでさえココってヘンに殺風景で居心地悪いんだからさ。
「……店長」
テレ屋な奈美さんが突っ立ったまま顎でPCの画面をテンチョーに促す。何やらメールが入ってるようで、テンチョーは素早くマウスを握ると『儲かる時間』とやらに精を出す。
開いた画面はムカシナツカシoutlookの様だった。
「へえー、仕事ってメールで取ってるんだ!?」
だからなんであんたテンション高めなんだ真央さんよ!?
あとずっと僕にケツ当たってるから!ジタバタしないと喋れないのかよ!
友達の奈美さん少しは見習えよ!見ろあの鉄壁のテレ屋っぷりを!
寸分のブレも無く終始一貫して財布落としたような仏頂面、友達思いのアツさの全てをその身に全て封じ込めて誰にも悟らせない漏らさない!
見事なまでのキャラ貫徹、感服である。
「男はメールでデリヘルなんか呼ばないよ、こっちは多分……お、やっぱり新木君か」
「あー、ゆきとん仕事いっちゃうの!?つまんない!!」
あー。
うー、あー。
最悪だ。ぶっちゃけ吐きそうである。行きたくない。
いつも、毎回この気持ちを背負って足を引きずって現場に向かう訳であるが……毎回きっちり胃がキリキリ痛くなるのはどうにかならないもんだろうか。
「ほい部屋番号。んじゃ頑張ってこい『ユキト』くん」
けっ。
いつもユキトなんて呼ばねえじゃねえかあんた。
「……」
僕は無言で立ち上がると待機室へと足を向ける。仕事道具を取りに行く為だ。
「がんばれゆきとん!!早く帰ってきてね!!」
「おいおい、時間は守ってくれよ?仕事はきっちりやってくれないと信用問題になるからな」
分かってますよ。
って返事する気力が湧かない。
しかし行かない選択肢は無い。
…………。
よし、いくか。
僕が事務所の入り口の扉を開くと、通路の手すりの向こうに綺麗な星空が見えた。
僕の心情なんて無関係でお構いなしの、ただ綺麗な星空だった。