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ベクトルマン  作者: 連打
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〔カナ編〕知ーらない(梶サイド)



「おらさっさと歩けよ」



「……」



完全に遅刻だ。もうすぐ昼なのに俺はカナとコイツのマンションの近くでウダウダしていた。

わざわざ迎えに来なければ学校に出てこようとしない。めんどくせえオンナだなコイツは。



「ってかさ」



「なんだよ」



ずっと下を向いてアリでも踏んずけてんのかと思ったがそうでもなかったらしい。カナが少しだけ持ち上げた顔はムシ殺して楽しんでいるサイコな顔ではなかった。



「周蔵……マジで?」



電話で言ったはずなんだがなあ。一人前に責任感じてるんだろうが……そりゃそんな顔にもなるか。サイフ落としたときと赤点取った時よりひでえ顔色だ。



「ヨロヨロしながら『働いて』るぜ。メンタルかなりキてんなありゃ」



「……あたしのせいだよな」



「他に理由なんかねえよ。だからお前から言え。『止めろ』ってな。お前実際そんなに困ってる訳じゃねえんだろ?」



「……うん」



カナの事情に詳しく立ち入った事は無い。しかしカナとは割りと付き合いの長い俺はコイツが『困った末に』働いているとは思った事が無かった。

周蔵や新木さんとツルむようになってからバイトに行かなくなったコイツを見ていても、特に問題が発生していた素振りもねえ。

緊急じゃねえんだコイツの問題ってヤツは。なのにあのバカヤロウは。



「行くぞおい」



俺は少しイラつきながらカナを促す。全くオンナってヤツはどうしてこう歩くのが遅えんだ?さっさとあのバカにバカを止めさせてこのバカ問題は終わりだ。その後の事はカナが自分でなんとかすんだろ。



「あ……」



呟くカナ、止まる俺。

なんでだ、なんでこんなとこに。



「久しぶり」



新木サンがいるんだよ。

それにその目つき、俺ぁ見たことあるぞ。怒ってる時の目だろうがよソレ。



「梶君もカナのお迎え?意外に面倒見イイのよね梶君って」



「新木サンがサボりなんて珍しいなおい」



「普段の行いの問題ね。『体調が優れないのですが』ですんなり早退」



「新木サンなら2ヶ月くらいは電話一本で済むんじゃねえか?」



「失礼ね。そんなに休まなきゃいけないほど疲れて見える?」



真綿でじっくり伝わってくるような圧。言葉や態度からはそんな気配は無いのに、新木サンが一歩こっちに近寄るたびに一歩下がりたくなるこの迫力。

カナは完全にその空気に呑まれ一言も発せられないでいた。

やっぱり知ってんのか?まあ新木サンに隠し事なんて無理だろうなあ。いっつもどうやってかワカラねえが新木さんは……知りたいことは知っている。

その上でここにこうして現われてんだ、怒っているに決まっている。

俺が『意外に面倒見がイイ』んであれば、新木さんは完全に『過保護』の類だ。特に周蔵絡みとなればな。



「カナ、もう学校来てもいいの?」



「……え?」



ひょいと俺を避けるようにカナに向かって声を掛ける新木サン。



「あ……古都、あ、あの」



「ん?」



一方カナは酸欠のマラソンランナーみてえな顔色と声色。

ま、小一時間説教されろやカナ。

俺は傍観者の席にどっかり座ることにした。カナを弁護するつもりはハナからねえし、新木サンと一緒になってカナを学校に引っ張って行くのもおかしな具合だしな。



「あ、あたしのせいなんだ、ごめん!」



「え?」



「あたしのせいで周蔵が……」



「周蔵?あのバカがなに?」



「だから……その」



知らねえフリか?

んん?どうも新木サンには似合わねえな。こんな陰湿な話し方は、違うんじゃねえか?



「まあ、あいつ最近私に黙ってなんかやってるみたいだけど……『聞くな』って頭下げられちゃったんだよね。だからなんにも『聞いてない』の、ノータッチ」



「……」



「そんなことどうでもいいの。カナ、なにか問題抱えてるんじゃないの?」



「そ、そんなこと、って」



「私で力になれればって思ったんだけど、大きなお世話?」



……おいおい。

まさか、本当に知らないのか?

いや。

あの新木サンが『知らないまま』であいつをほっとくつもりか?そんなに事態は甘くねえぞ。やつれてフラフラしてんだろうがよあのバカヤロウは。



「ち、違うって古都!周蔵止める方があたしの事なんかよりよっぽど切羽詰ってんだって!」



「あいつなら大丈夫よ」



「大丈夫じゃないよ!だから梶だってガラにも無く連絡してきたんだって!このままじゃ周蔵が」



「大丈夫だってば」



「古都っ!?」



なんだろう、この新木サンの自信は。

顔見りゃすぐ分かるだろうにアレが限界な事は。あんな事続けたってロクな事ねえんだ。カナがとりあえずは大丈夫ならあいつがあんな事しなくても良いんだよ。分かってんのか?



「ええとカナ……ひとつ聞いてもいい?」



「なに!?」



「あなた『バイト』辞める気あるの?」



「……」



知ってたか。そりゃあそうか。

カナも新木サンには知られたくなかったろうに、やはり新木サンに隠し事は無理ってこったな。

ぐ、と下唇を血が出る程噛み締めたカナはそれでも前を向いた。

そうだ。今更新木サンに知られたからってこのままで良いわけねえしな。



「や、辞める。だから」



「うん、カナならそう言うと思った。『生きがいです』なんて言われたら飲み込むのに大変だったからホッとしたわ」



ニコリとしてカナに笑いかける新木サン。カラダを売っていた事実に関してはどうでもいいらしい。まあこの辺は実に新木サンらしい、といえばらしいか。



「だから聞いてよ古都!このままだと周蔵が」



「カナこそよく聞いて。一回しか言わないから」



ぎゅ、と周囲の空気を収縮させるような新木サンの目。

その光線は真っ直ぐにカナを射抜いたようで、横で眺めている部外者の俺でさえ竦んじまう。



そして、言った。



「これはねカナ、脅迫なの。あなたが二度とバカな事しない為に解決しなきゃいけない事があるでしょ?その解決が為されないなら周蔵は現状維持」



「ちょ!?古都!?なに言ってんのよ!?あいつがそんなマネしなくてもいいんだってば!!今あいつがしてる事はしなくてもいい事なんだよ!!」



そうなんだ。

店側にあのバカがなに吹き込まれたのかわからねえが、時間の猶予は本来あったはずなんだ。だからカナも俺も特に焦っちゃいなかったし問題だとの認識さえ希薄だった。

精々『もうやめとけよ』くらいの世間話でしまい、だったんだ。




「一回しか言わないって言ったけど、聞き分けの無い友人の為にもう一回だけ言います。あなたの解決が最優先。周蔵は……知ーらない」



「古都!!」



「脅迫だって言ったでしょ?周蔵助けたかったら早くなんとかしてみなさい」



「……ぐ」




そりゃ……黙るしかねえよな。

新木サンだって心配してないはずねえんだから。そして新木サンはカナの事も本気で心配しているんだから。



…………。




脅迫、ってか。



やっぱ新木サンはおっかねえなあ。



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