〔カナ編〕独り言(智香サイド)
今日は開き直ったようないい天気。
カナちゃんがいないのは残念だけど……昼食時に周蔵君は中庭に1人で座っている。じきに梶先輩も来るんだろうし、気が向けば古都先輩も顔を出すかもしれない。いい方向に向かってるって思えなくも無い。
私は自分のお弁当を持って周蔵君の隣の芝生に腰を降ろした。
「あれ?藤崎は?」
「ああ、なんかパン買いに行ってる。僕にも奢ってくれるって。いいって言ったんだけど」
言われて見れば周蔵君は昼食らしきモノを持っておらず、私に顔を向けるでもなくぼーっと空を見上げている。芝生の上、まるでそのまま倒れてしまうのを両腕で支えているように突っ張って顎を突き出しながら。
「ね周蔵君。大丈夫?」
私はお弁当の包みを解きながらあくまで『ちょっと気になった』位のテンションで聞いてみた。
「なにが?」
「なにがって。なんかヘンだよ周蔵君」
「そうかな」
「まあ嫌な感じじゃないからいいんだけどさ。疲れてるみたいに見えたから」
「そう……でもなんでもないよ。気にしてくれてありがとう」
……。私がいってんのはそういうトコなんだけどなあ。
『気にしてくれてありがとう』なんてセリフは周蔵君には似合わない。違和感が張り付いているのだ。いたって普通のコミニュケーションでしかないのに……ってか、その『いたって普通』がこれほど似合わないヒトも珍しいんだけど。
「周蔵君」
「へ?」
「はい、っと」
私はやっとコッチに視線を向けた周蔵君に向かって箸で摘んだ卵焼きを放り投げた。白だしと砂糖を少し入れた甘いヤツ。私が作ったものなのだから美味しくない訳が無い。というより今日の私のお弁当のメンバーは『コーンクリームコロッケ』『卵焼き』『ほうれん草胡麻和え』『プチトマト』。
あとはご飯の上の鳥そぼろくらい。コロッケは冷凍食品だし胡麻和えはお母さん作、プチトマトにいたっては……キライだし食べないくせに彩りが良くて可愛いから入れただけ、という体たらく。
この場合卵焼きくらいしか選択肢が無かったのである。
「どう?おいしい?」
「うん、ありがとう」
だからさあ。どうもおかしいんだよねえその普通さ。
私は釈然としない思いを抱えつつ鳥そぼろご飯を摘む。
「……智香」
「ん?どしたの?」
相変わらず上は向いたまま、周蔵君は独り言みたいに呟いた。
「誰かの大事なモノって自分の大事なモノにしてもいいのかなあ」
「……え?」
「置換の可能なモノなんだったら捨てちゃっても問題ないんだろうか?そもそも一定の貯蔵量しかない場所にみんなの『大事』を行儀良く並べておけるんだろうか?それが無理なんだとしたら弾かれるのは、その事実に気が付いた運が悪くてドン臭い僕みたいなヤツなんだろうか?」
「ちょ、周蔵君?どうしたのよ」
この目の前で空を仰ぐ男子生徒はあの周蔵君なんだろうか?
まるで別人のように流暢に言葉を並べ立てる周蔵君は、誰に聞かせるつもりも無いような音量で言葉を垂れ流す。
「ひょっとしたら僕は、もう全部どうでもいいって思ってるのかもしれないんだ。そんなわけないって思い込みながら、そんな人間じゃないって信じたいばっかりに自分の小さな魔法瓶が実はカラッポなんだって知られたくない一心で」
周蔵君の言葉には何の抑揚も伴っていない。
ずっと考えていたことを整理する為に一度口に出してみた、そんな無機質な感じしかしない。ここに居るのが私じゃなくても別に構わない、誰もいなくたっていい。
そんなことまで思ってしまう位……周蔵君は私に何も求めていない。
なんだかそれが、とても哀しくて。
「……」
なんにも知らない自分が悔しかった。