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ベクトルマン  作者: 連打
157/189

〔カナ編〕スボバセン



通常より重く感じるマンションの扉をむりむりっと開ける。

なんでこの事務所は昼も夜も同じ光量しかないのか?薄暗いのは僕もキライではないのだが、こうずっとだとさすがに気が滅入る。仕事が仕事だけに鬱具合は加速度的に急降下なのだった。



「おう新木君!おかえり」



目を見開いて。

一体何がそんなに楽しいのか?テンチョーは僕の姿を確認するとPC作業の手を止めイスごとクルリと僕に向き合った。



「いやいや!臨時ボーナスゲット!」



「……は?」



「ウチの女の子達がよ、『新木君は飛んだ、帰って来ない』に5万って言うからさ。逆張り大成功」



「……そっすか」



待機所にタムロする有象無象のオンナ達のことか。

僕は話した事は無いが、まあ好かれているわけが無い。無愛想なヘタレオタなど誰も相手にはしない。それはこんな所でも一般社会でもそう変わるもんじゃないんだろう。



「ほいケータイ。もう捨てんなよ?ドライバーが拾っといてくれたから」



僕は黙って突き出されたケータイを受け取る。どうやら逃げようとした事に対するお咎めは無いようなので、僕はそのまま事務所を出て待機所へと歩を進める。

幾つかある待機所のひとつはこのマンションにも入っているのだ。



「おい待った新木君。少し話さないか?」



「……?」



このひとの仕事って時間どうにでもなるなあ。

まあテンチョーはいつもここにいるし拘束時間で言えばとんでもないブラックな職場なんだろうが、そのことに対する切迫感とか焦燥感みたいなものが本人に欠落しているようで……誰もそんなこと気にしてはいないようだった。



「お前さ、カネ受け取れ」



「いりません。ユズキカナの借金に充ててくださいって言った筈ですけど」



「いいから一旦受け取れ。んでお前が貯めてまとめて渡してくれれば同じ事じゃないか」



「……同じ事ならなんで手間増やすんですか?」



そうなんだがなあ、そう呟きつつ腕を組んだテンチョー。オフィスチェアーで足まで組んでいるので、なんだかこんがらがってるように見える。なにを訳の分からない事言い出すんだろうか?



「あー、なんてーか、ややこしいんだよ」



「なにが?」



テンチョーはいつもの甘い缶コーヒーを冷蔵庫から取り出し僕に差し出す。その間もうんうん唸っているのだが、僕には何が問題なのかさっぱり分からない。

ので、とりあえずカキョ、と缶のプルトップを引き上げる。



「いいか新木君」



そう言って僕に再度向き合うテンチョー。

僕はただアホウのように聞き入るしかなかった。



「こういうトコの女の子ってのは結局カネだ。もう分かってんだろうが女の子同士繋がりなんて無い。皆必死になって互いの足を引っ張り合って時間を過ごす。俺もこの業界長いんだがコレはもう仕方ない。そういうもんだって割る切るしか無い」



『もう分かってんだろうが』なんて言われても僕はさっぱり分かっていない。足なんて引っ張られた記憶は無いし、さりとて中学時代のように苛められてる訳でも無い。

1から100まで全く身に覚えは無い。

そのことをテンチョーに伝えると、大きなため息を吐き出したのち呆れ顔で僕に言葉を投げかけた。



「そういう浮世離れしたトコ、俺は嫌いじゃないんだがなあ。イラつくんだろうよ、彼女らからすると」



「イラつきますか」



「多分な。お前……随分嫌われてんだよ。知ってたか?」



「いえ」



「だろうな。ショックか?」



「いえ」



「だろうなあ。そうだろうよお前はよ」



今更嫌われるなんてどうという事も無い。そんなことより僕はこのバカみたいなバカ仕事をなんとかこなさなければならないのだ。毎日毎日景気よく吐きまくってるのに周りの心配など考えも及ばなかった。



「……誰とも打ち解けようとしない。笑わない。くわえてカネも受け取らないってんじゃお前。馬鹿にしてると思われてもしょうがないだろ」



「……?」



そそそうなんだろうか?

全然分からない。僕がお金を受け取らないと有象無象が困ることでもあるんだろうか?全く見当もつかない。



「お前やマリアは此処以外にちゃんと帰る場所、あるだろ?」



「へ?」



「ガッコとか家庭とかだよ」



「……はあ」



「此処にはそんなもん無い人間の方が多いんだよ。だから必死に此処で自分の居場所を確保しようとツノぶつけ合ってんだ。そんなトコにお前みたいなのほほんとした学生がフラフラ入ってきたもんだから」



「入れたのあんたじゃないか」



「まあ聞け。自分が必死になって守ってきた居場所、それをお前はハナで笑ってんだよ。『こんなトコ長居しないからどうでもいい』ってツラぶら下げてな。違うか?」



「違わない。間違ってるとも思わないけど」



「そりゃそうなんだがよ。なんつーか……『こだわり』ってんのか?皆それなりにあんだよ」



「!!」



こだこだ、こだ、コ・ダ・ワ・リ?



「わかってやれよそこんとこさあ。お前の言い分も……」



僕は。

有象無象のこだわりを、踏みにじっていたんだろうか?

顔も覚えて無い、名前なんか全然知らないあの待機所に巣食う有象無象共。

そのモブキャラ全開の彼女らのこだわりを……僕が。

誰でもない、この僕が。

テンチョーはなにやらずっと語っているが僕の耳にはさっぱり入ってこない。それどころではなかった。


…………。



あの。

僕が仕事を終え吐き気を催している時に、あの扇情的なミニスカートは心の底から憎悪したものだが……あれも仕事に対する彼女らのこだわりなのだとしたら。


あの。

バシャバシャとひっきりなしに鳴っているスマホ。あのバカみたいなアヒル口の自撮りでさえ彼女達なりのこだわりなのだとしたら。



あの。



…………。






ボルぅエエエエエエエエオウオウッツ!!!!



「って、おい!なんでここで吐くんだよ!?勘弁しろよ新木君!!」



「ずび、スボバセン」



いかんいかん。詳細に思い出しすぎて気持ちが悪くなってしまった。だってあの有象無象気持ち悪いんだモノ。

あーあ、この絨毯高いんだぞ。そうぶつぶつ言いながら大量の濡れティッシュでごしごし擦りまくるテンチョー。その背中を眺めながら僕は思う。



こだわり、大事だよなあ。

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