〔カナ編〕いつも笑っている(理子サイド)
「どしたのリコ?なんか元気無い」
「え、そんなことないよ」
いつからだったろうか?
夜の街でふらふらと過ごす週末が普通になっていた。これって面白いのかな?なんて思っていたタイミングで声を掛けられたもんだからちょっと驚いてしまう。
なにしろ私はこの女の子のフルネームを知らない。きっとこの女の子も私の苗字は知らない。
そういうものだ。
「うわ、見て見て」
「ありゃりゃ、どっかの新人くんかな」
深夜12時を回った頃駅前の繁華街でガードレールにもたれ掛かるように酔い潰れている男の人がいた。私はまだ行ったことは無いが新人のホストの人たちは物凄い勢いで飲まされ潰れてしまうのだそうだ。
それを楽しそうに『友人』達が話しているのを聞いても何が楽しいのか分からなかったのだけれど……私はいつものように笑い顔を作るのに余念は無い。
なるべく自分は持たず、同意見の時だけ控えめに賛成の意思を見せ……それ以外の時なら静かに笑っている。
私はそういうモノになっていた。
「大丈夫~?」
『友人』達の1人は止せばいいのにその新人ホストに声を掛けに行く。
「……」
このコ達に目的なんか無いんだ。だから『なんで』はあらゆる場面で通じない。理由なんて誰も持ってない。ノリとか空気で全部決まっていく心許無い共同体は、その内に身を置いたって安心なんか出来ない。
だから私はいつも笑っていることにしたのだった。
「きゃっ!?ちょ、」
ホストに寄って行った女の子が短い悲鳴を上げる。とはいっても半分は嗤っている。いつものノリだった。繁華街の雑踏に容易く掻き消える程度のお遊びの悲鳴、歓声って言い換えてもいいくらいだ。
「って、きゃ?い、痛くないのお兄さん!?」
自分の腹筋を思いっきり使いアスファルトに頭をゴンゴンとぶつけ始めるホスト。多分ホストのルックス目当てだった女の子も、さすがに何の返事も無く奇行に及ぶホストに嫌悪感を露にしている。
「みんな行こっ!なんかアレやばいよ!」
きゃっきゃと楽しそうに繁華街を往く女の子の集団。ホストに興味を失った団体はその横をすり抜け街の中心へと進んで行く。
「……」
私はなんだか気になってホストの方に目をやった。あんなに女の子の声を無視する事はこの繁華街にあっては在り得なかったから。どんな顔で誰かの存在を無かったことにするんだろうって、単純な好奇心から。
「……って」
ゴンゴンと。
私の存在まで消されている。
でも。
・・・・・・・・・・
このひとはそういうひとじゃない。
こちらから声を掛ければ、多分いつでもどこでも返事をくれる。
いつも助けてくれるんだ。
だから。
「周蔵くん?」
か細く独り言みたいな声。それでも。
「……り、理子?」
ほら。
周蔵くんは私の存在をすぐ認めてくれた。