〔カナ編〕ちょっと?
随分と骨が折れた。
まさか放課後学校に迎えを寄越されるとは思っていなかったから。
僕はダッシュで自分の教室から駆け下りると校門の脇に待機していたチンピラマシーンに声を掛け、光の速さで車を出してもらった。
「……」
藤崎や智香、ゴリやイノシシに見られたかもしれない。しかし僕は今日ここに来なきゃならなかったのだ。
結果的にゴリの忠告を華麗に無視し、イノシシの心配通りの危ない橋を渡っているらしい僕ではあるが……話を聞かないと『条件』ってのがどんなものかすら分からない。
「……」
グリ、と昨日のマンションの扉のノブを回す。
「よお新木君、早かったな」
早かったのはアンタの所の運転手が制限速度を一切守ろうとしなかったからだ。
テンチョーは昨日とは打って変わって愛想のいい笑顔を浮かべ僕を招き入れる。
一旦PCを弄るのを中断し腰を上げ……
「まあ座ってろよ。コーヒーでいいか?」
と、キッチンらしき奥へと引っ込んでいった。
「……」
ここに住んでるんだろうか?
しかし全くと言っていいほど生活感は感じられない。なんせゴミ箱すら見当たらず、高そうなテーブルにも埃1つ無いようだ。オープンしたての住宅展示場のような無機質さは誰からの訪問も拒絶する。
この部屋の居心地は最高レベルで、悪い。
「おいおい、座れよ。ほれ」
ソファーの前で突っ立っていた僕に投げられる缶コーヒー。
「実は俺コーヒー苦手なんだ。ブラックは買い置きしてなくて甘いヤツしかねえが、ま勘弁しろ」
「……条件聞きに来たんですが。あ、いただきます」
室内は昼間だというのにカーテンは締め切ってあり、間接照明が壁をほんのり明るく照らしている。
昨日はテンパッちゃっていたのもあるし、ナミさんもいたので感じなかったのかも知れないが部屋の中はずっとお香が焚かれているようで……僕が座ったソファーからも僅かに匂いがした。
「ビビッてこねえと思ってたよ。タフな上に根性もあるな新木君」
「ビビッてますよ」
僕は自分の足の裏をテンチョーに向けて突き出す。
ぶるぶると小刻みに震える僕の足、根性論って縁が無かったし根性など無い。
「おお、震えてんな」
「早く。条件」
自信満々で震える足を差し出している僕を見てテンチョーは笑い出す。なんだか昨日の笑顔とは質の違う、裏表の無い笑顔で。
こっちは必死なんだこのやろう。今更ビビってんのバレタくらいで立場の優劣に影響が出るなんて思ってないよ。
虚勢は多分、効かない。
まあ僕の虚勢なんて元々紙のように薄いしなあ。
「やっぱりへんなヤツだな新木君。美鈴はお前のこと頭のおかしいバカだって言ってたぜ」
「頭のおかしいバカが何一つ出来ないし何もしちゃいけない、なんて聞いたこと無いから。僕は僕に出来る事があるなら教えてもらいたいんだ」
「……そうか」
テンチョーは僕から視線を切ると自分の手の平を膝の前で軽く組んだ。
「お前ウチで働け」
「……へ?」
「お前がここで働いてる間マリアへの追求はしない。お前が働きながら返してくれれば借金問題も解消だ。言っとくがウチの給料は相当いいぞ」
「働くって……僕高校生なんですが」
「何言ってんだ、美鈴は同級生だろ?マリアだって高校生だ」
「んん?」
ちょっと、なにを言われているんだかよく分からない。
僕は缶コーヒーを口につけながらテンチョーを見た。
「なんだよ」
オチは来ないようだった。
……。
つまり、本気?
いやいやいや、第一僕免許持ってないぞ?
てかユズキカナの借金が運転手のバイトなんかで間に合うんだろうか?ゴリは大したことないって言ってたがはっきり金額を聞いたわけじゃないのだ。
「ユズキカナの借金って幾らなんです?」
ここを聞かないと話にならない。
「200万だ」
「……リラ?」
「円だよ」
ざざざ、ざっくり運転手が時給1,000円だとして。
学校あるから精々働けるのは一日3時間くらいか?……とすると。
約ろろろ666日、2年!
っていうか免許取れないって!どうにもなんないじゃんか!?
ななな何が大したこと無い、だよ!高校生にそんな借金出来るの!?ってかそんなお金貸すなよ!
「ああ、言っておくが新木君」
なんだよ!?
「コレは『はい、じゃあ200万』って返されても困るのさ。ウチにあのレベルの女の子が所属してるって事実が大事なんだから。ハク付けって言うのか?彼女の集客能力まで入れると正直200じゃ済まない」
「じゃあ、もう」
お手上げだ。
僕にはもうどうすることも出来ないじゃないか。なんで今日わざわざこんなトコまで呼んだんだよ、地味な嫌がらせしやがって。
……。
僕はオモムロに立ち上がる。ああ、時間を無駄にした。
「ん?どこ行くんだ?」
「警察」
「っておい!ハナシ聞いてたのかよ新木君よ!おまえマジで消されるぞ!!」
僕の袖に縋りつくテンチョー。んなこと言われたって無理難題吹っかけられてんのはコッチなのだ。
いや無理難題なんてもんじゃない。こんなのハナから不可能じゃないか。免許も取れない年齢の僕に運転手なんて出来ないんだから。
「運転も出来ない僕はどうにも出来ないじゃないですか?」
「運転?何言ってんだよ?なんで高校生にドライバーさせなきゃなんねえんだよ!」
「へ?」
「大体ドラじゃ3年位只働きじゃねえか……いくらなんでもそんなムチャ言わないだろ普通」
じゃあ、なんだ?
テンチョーは僕が落ち着いた様子を見せたのでようやく腕の力を緩める。
「お前にはマリアや美鈴と同じサービスやって貰おうと思ってよ」
溜息を吐きながらとんでもない事を言い出すテンチョー。
「僕オトコ、なんですが」
いくら童貞オタでもソレくらいの知識は持っている。
こういった仕事は女性の専売だということ位、僕はネット等で知っている。利用したことはないが知ってはいるのだ(ババーン)。
「親に感謝するんだな。充分売れるよ新木君は」
「……」
え?
なにその『ニヤリ』的なしてやったった感。
なにいってんのこのチンピラさんは。ほら、早く。
早くオチ言わないと、まだ全然オチてないから。あれ?分かってない?
「オトコ使うのは久しぶりだからな。インパクトあるぞ」
いや、だから、さ。
って、おいおいムシすんな。PC向かってなんか作業始めてんじゃねえし。
……いや、あの、ちょっと?ちょっと?
ちょっとおおおお!?