〔カナ編〕バカ正直
「……」
「なによ」
なんでだ?
なんで僕はイノシシ姉と登校してるんだ?
……。
駅の階段を登りながら頭を捻る。昨日帰った時おかしな素振りでも見せたかなあ。確かに夕食をちょっと食べたらトイレに速攻駆け込んだり制服のシャツは血だらけだったり……ああ、あれか?わざわざ僕んちのマンションの前まで送りつけられたからあのイカツイ車見られたのか?それとも……
ああ駄目だ。心当たりが多すぎる。
「あんたお姉ちゃんになんか言うことあるんじゃないの?」
おおおおお。
この口調の時のイノシシはヤバイ。後ろ足で砂を蹴りつつ突撃一歩手前の半歩進んだ臨戦態勢だ。
「言いたくないならいいんだけど。藤崎君あたりをシメあげればきっと聞かなくてもペラペラ教えてくれるんだし」
目的まで一直線、しかも一番効果的な場所をピンポイントでスナイプしてきやがる。ほとんど無自覚に本質に迫る女、探偵でもやればさぞ名を売る事が出来るだろうに。
「頼んでいい?」
「はい、聞きましょう」
駅の構内をゆっくり歩きながら器用に踏ん反り返る姉。
しょせんこのイボイノシシに僕ごときが隠し事など無理。
そう判断を下した僕は姉を真似ることにする。
「聞かないで。お願いします」
「ぐ」
僕はぺこりと頭を下げた。こいつにはコレしかないのだ。
分からなければ聞く。
早く行きたいなら走る。
背後が不安なら振り向く。
そして。
「お願い!」
再度頭を下げ、今回は上目遣いで拝んでもみた。
探られたくなきゃお願いする。
現に今姉は顔を真っ赤にしながら僕を睨み付けるのが関の山。知略、謀議、算段の類を粉砕するのはメッポウ得意のイノシシは、この手の正面突破が多分ニガテなんだと思う。
「……大丈夫なんでしょうね?」
言質、奪取。
ワレ了解の意を得たり。
しかしまあなんて不服そうな顔。相変わらず隙の無い優等生の分厚い仮面のヒビから覗く本性。
宗教団体を屁理屈で潰す事の出来るようなディベート大好きデストロイヤーではあるが……一応女子高生なのだった。
「大丈夫にするんだこれから」
「あんたが?」
「そう」
訝しげな表情を隠しもせず胡散臭そうな目でジロジロと僕を見る姉。
正直『僕が信用できないのか?』なんて口が裂けても言えないのがツライとこだ。なんせ今までの素行が悪すぎる。
ムチャして暴走して、ハッピーエンドなんか1つも無かった。
だから。
今度こそ。
「……わかったわよ。わかったからそんな目で見ないでくれない?イジメてるみたいじゃない」
……あり?
おおおかしいな、気合の入りまくった眼力で気圧してやろうと、空手家が瓦割る時の目をしていたはずだったんだが。
昨日ユ○チューブで見たから記憶通りのはずなんだけどなあ。
姉にはイジメラレっこが耐え忍んでいるように見えているのかうわああああん。
本性出てんの僕じゃんかああああっ!!
「でも」
「え?」
「なんか困ったら言いなさいよ?」
「お、おう」
じゃね、と華麗な捨て台詞を残し姉はいつもの乗り口へと向かう。
姉の軽やかな足取りを見ながら駅構内にぽつんと残った僕は……ひょっとしたら笑っていたかも。
「……」
イノシシ、あれいいヤツかもなあ。
今度プリンでも餌付けしてみるか。