〔カナ編〕軽い(奈美サイド)
全然分かんない。
店長は結局新木を帰してしまった。送りの車付きで、だ。
「……なんだよ。なんか文句ありそうだな」
「いーえ!」
新木は世の中をナメてる。なんか知らないけどあいつ調子のりすぎ。
わたしは買い置きしておいたペットボトルのお茶を冷蔵庫から取り出す。しっかり名前を書いておいたからちゃんと昨日置いた場所に収まっている。
「あれだけ痛めつけりゃ明日は来ないって。そういうもんだガキなんざ」
「じゃあなんであんな事言うの!?あいつのバカな要求呑む、なんてさ!」
「まあ、カネだわなあ」
面倒そうにイスに圧し掛かり大あくび。
わたしがこの場所に、みんな居る待機所ではなくこの事務所に居られる立場になれたのも……店長と普通に会話出来る様になれたのもつい先月の事。
ここはずっとカナの指定席だった。それをわたしが実力で奪ったんだ。
ここは聖域なのだ。
あんなバカを何度も入れていい所では無い。のに。
「なに言ってんの?連れてきたの美鈴だろうに」
「そうだけど!」
ビビらせ、絶望させればそれで満足だった。ぼっこぼこにされたのも胸がスッとした。カナの悲しむ顔がそこに無かったのが物足りないけど……なんであのオタクデブ。
にやにやしながら帰ってったのよ!マジきもい!意味わかんないって!!
「あの、新木君か?アレはキてんな」
「アタマおかしいのよあいつ!!」
「面白そうなガキだよなあ」
「なに言ってんの店長!!全然笑えないんだけど!!ってかあんだけ蹴っといてよくそんなコト言えるね!?」
笑えないよなあ、と適当な相槌を打ちパソコンに向かう店長。その顔は台詞とは全く逆で……にやにやしながらサイトの更新作業をしている。
わたしはむやみに豪華なソファーに乱暴に座り込む。面白そう?バカじゃない!?
「美鈴」
「え?」
「そろそろ待機所行けよ。仕事入るぞ」
「……」
待機所でカナを見かけたことなど無い。
一度たりとも、だ。多分カナは待機所の存在すら知らないんだろう。当たり前だ。
店長はカナに待機所行けなんて言った事はないんだろうから。
「なに怒ってんだよ?客商売だぞ、スマイルで頼むよ」
「わかってる!!」
カナはいなくなってもわたしはまだ替わりになれていない。じわりと額に汗が滲む。抑えられないほどの嫉妬がわたしの原動力、それをもはや否定する気も無い。
わたしはカナが、憎い。
ぎりと握ったノブを回しながら部屋から出る瞬間、わたしは静かに振り向いた。
「……」
店長はパソコンに向かい、わたしに背を向けたままで……もうわたしの存在は店長の中では最初から居なかったかのようにカタカタと仕事を続けている。パソコンを弄るささやかな音よりもわたしの存在は軽い。
カナよりわたしはずっとずーっと……軽いのだ。