〔カナ編〕困る
チープだ。
「……で?こんなガキ引っ張ってきてどうしようって?」
「いいじゃんいいじゃん!こいつ落ち込むトコ見たいの!」
余りにもチープ。
豪奢なソファーに立派な事務机、ふかふかの絨毯に課長クラスのイス。
それに中に入って分かったんだがこのマンション……広くてデカイ。中流家庭の収入では手が出ないだろう間取り、4,5部屋は間違いなくある。それに加え調度からみても多分新築だろコレ。
「かー、悪趣味だね」
「へっへっへー」
そんな環境に比べ明らかに浮いているPC。
BTOショップの通販で買ってそのまんま、マウスでさえ変えていないだろう。今時重りの調節も出来ないワゴンセールの安物だ。
こういう安物PCは弄ってナンボなのにそのまま使うなんて考えられない。この小さなPCケースじゃクーラーも満足に付けられないし、コレに収まる程度のマザーじゃメモリの増設だって出来ないだろう。じゃあなんでデスクなんだ?ノートでいいじゃないか?
どうせほったらかしてんならノートで駄目な理由は皆無!っていうか中華スマホでも弄ってろよもう!
「……なんだよにいちゃん」
「はっ?」
いかんいかん。
ついあまりにもな扱いのPCを見て我を忘れていた。
え、と。
誰だっけこのひと?
「あー、なんてーか……にいちゃんみたいなヤツって結構いるんだよね」
運転手よりも幾分話し方が柔らかいその男は広い部屋の端っこでボロPCを忙しなく操作しながらタバコに火を付けた。灰皿は山盛りなので他に部下的な人間はいないようだ。
しかしナミさんの口ぶりからこの男がこの部屋の主であることは多分間違いない。
「ま、高校生ってのはさすがに初めてだが。けど、ムダだぜ?」
「ムダ?」
「ああ、ムダ。だから帰って宿題でもやってろよ」
「……」
さっぱり……要領を得ないんだが。
男はもう僕に向くことは無く『はい、話は終了』とでも宣言したかのような完璧な無視っぷり。一方僕はまだ何も聞いてない。
「もう!店長!」
ナミさんの別人のような甘えた声、必要以上に『テンチョーテンチョー』と男の身体をべたべた触りまくっていた。
「うるさいなあ。俺だって人間なんだよ。なんにも聞かされてないんだろこのにーちゃん?それにマリアのプライバシーだって守んなきゃな」
「分かった!わたしが勝手にやるから!ちょっとどいて!」
マウスを無理矢理奪い取ったナミさんはブックマークから何やらサイトを開いた。
「……」
ロックが掛かっているようでナミさんは手早くキーワードを打ち込む。
テンチョーもその時点では抵抗することを諦め、自分に圧し掛かったナミさんを呆れながら眺めている。
「はいコレ!愛しの柚木でーす」
「……」
モニターに映し出された下着姿の女性。薄くモザイクがかけてはあるが多分ユズキカナだろう。まるで雑誌の表紙のように上手に撮影されているそれは、下着であっても不思議といやらしさは感じなかった。
「まあ……そういうこった。分かったらさっさと帰れよ」
「ちゃんと見ろよ新木!ほら、こんなキワドイやつまで!」
どうやら此処はやはり風俗系の事務所で、ユズキカナはここで働いていたと。そういうことらしい。
「感想は?なんか言えよ新木ー!惚れた女がカラダ売ってる感想、言えってばー!お前がこの事知ったって早くカナに伝えてーなー!どんな顔すっかなアイツ!」
嬉しそうにモニターと僕の顔を比べ見るナミさん。どこまでいこうとナミさんにはどうやら得るものは無さそうなのに何故ここまで楽しそうなんだろうか?
女性性というものに多大な疑惑を禁じえない。
「あの」
「おっ!泣く!?喚く!?」
はっきりさせておこう。
じゃないと話が進まない。
「僕はユズキカナが売春しようがどこかで愛人してようがあんまり気にならない」
「……は!?なにそれ?」
「だから、僕が知りたいのはユズキカナが今どこにいるかって事なんだけど」
「はぁあ!?なにいってんのあんた、バカ!?」
話、伝わらないなあ。
ぶっちゃけて言うと僕には全くそんなコトはリアルに感じられないだけで、そんな話をここぞ、ってドヤ顔でまくしられた所でなんら感じるものなんか無いのだ。
童貞オタクなめんな、である。
「ユズキカナの居場所、知らないんでしょ?じゃ、僕帰る」
「ちょ、ちょっと待ってよ!あんたホントに平気なの!?意味わかんないんだけど!?」
しつこいなあ。ナミさんはしつこく僕にモニターを見るように促すが、何度見ても同じである。
それは、リアルじゃ、無い。
「へんなガキだな」
「ちょっと!店長笑ってないでなんか言ってよ!こいつ頭おかしいんだよ!」
今更僕の頭をどうこう言われても急に治るものでもない。そんな僕とナミさんのすったもんだを眺めていたテンチョーは少し俯いて僕に言った。
「正直マリアには店からカネ出してんだ。これ以上欠勤が続くとこっちも探さなくちゃいけなくなる」
「……」
「人間1人探すってのは結構な費用が掛かるんだよ。その費用も上乗せされて連れてこられるだろうな」
「それは……困る」
「なんでてめえが困る?売春しようが気にならないんだろう?そんなオンナがどうらろうと知ったことじゃないだろうが」
なんで伝わらないのか。
僕の言ってるのはそういうことじゃない。
「……えーと、ですね。ユズキカナの『意に反して』。ここがどうしても譲れないんです」
「……」
テンチョーは薄ら笑いを浮かべながらタバコをふかす。
ガキの戯言だと見切っているんだろうが……僕にだって譲れないラインがあるのだった。
「カラダ売ろうが何をしようがそれがユズキカナの意志ならいい。でもそうじゃないなら……なんとかして力になりたい」
「かーっ!若いのに歪んでんなあ!でも無理で無駄、だけどな。てめえに出来ることなんかねえよ」
「僕がこの帰り道、交番や警察に行っても?」
ぴきり、と広いマンションの一室が凍る。
テンチョーと呼ばれていた男の先程までの人を喰ったような笑みは薄い仮面だったようで容易く剥がれ落ちていく。
「……なあ、ガキ」
「はい」
「悪いこと言わねえからソレはやめとけ。お前の為に言ってる」
「……」
「ウチはモデル事務所と提携しててな。高級志向ってやつだ。そのへんのデリヘルとは違うんだよ。顧客も大物が揃ってる」
「よくわかりません」
「マリアは超が付く売れっ子なんだ。こっちとしても穏便に事を運びたいんだよ。本来荒立てるつもりは無い。なのに警察なんかてめえが行くとな、マリアもてめえも」
どうなるかわかんねえぞ、と静かに呟くテンチョー。
「ここで働く他の女達だってそんなこと許さないだろうよ。いろんなツテを当てにする。ガキひとりなら多分どうにでもなるようなツテだって、あんだよ世の中にはな」
脅すつもりの言葉では無いようだ。目を僕から逸らさず真摯に向き合っているような目。
あれだけ喧しかったナミさんもそれを黙ってみている。話に入れない空気を感じ取っているのか。
……でも。
僕はユズキカナを、助けたい。
誰も救えなかった僕は今度こそ。
今度こそ、誰かを笑顔にするんだ。