〔カナ編〕リアルメス
僕と藤崎は到着した女子高の門の前で見慣れない光景に圧倒されつつナミさんを待っていた。
まあ確かにずかずか入っていけない濃密な空気が篭っている。とはいえ……
「な、なんか居づらいね」
藤崎は俯きながら僕にそう呟いた。
下校していく女子高生の集団の遠慮の無い視線にもう20分近く晒され続ければ藤崎の気持ちも理解できる。メスってのは集団になるとそれ自体が1つの生命体のように同一方向に走り出す。そんなバケモノじみた塊に対峙するのは分かりやすい『異物』である僕ら。向けられているのは好奇の視線ではあるが……それも一定数を超えれば『好奇の視線』は『排除対象』に容易く変化する。
ああ、思い出した。
僕はリアルなメスがニガテだった。
「よっぽどヒマなのねあんた」
その女子高生の塊からぬるっと細胞がひとつ抜け落ち、ナミさんの形に落ち着くまで時間は掛からなかった。
「まあそのうち会いに行こうとは思ってたんだケドさ」
意外だった。
独りである。
僕はてっきり1ダースのメスに難癖付けられながらの罵りあい、罵倒語を浴びせ続けられながらの事情聴取を覚悟していたのに。
「……」
格好にしてもそうだ。ユズキカナと同種族の豪奢で煌びやかなイメージをもっていたが制服姿はそうでもない。『土台』から造りが違っている。化粧映えする顔とでもいうんだろうか。
学校用に幾分抑えられたメイクでは同窓会の時の迫力や妖しさは完全に沈黙している。
最近見慣れてしまっていたが、女子高生の集団に比するまでもなくユズキカナの容姿は群を抜いている。
「……あんただれ?」
「ぼ、僕は新木の友達で藤崎。よろしく」
「あ、そ。あんたもカナ知ってんの?モデルだからとか抜きで」
「ぼ、僕は学校でお世話になってる。言い方は間違ってるかも知れないけどカナ先輩が心配だったから新木にノコノコ付いてきたんだ。君が何か知ってるかみょしれみゃいって聞いたから」
『かもしれない』のところを噛み倒す藤崎。敵地の中にあってそれでも冷静に凛として返答しようとする心構えは充分伝わった。おまえはよくやっているぞ藤崎。
ついてきて、そういうとナミさんは女子高の校庭の外周に沿ってに設置してある一般道路に面したネットに沿って歩き出す。大勢の下校する生徒達とは方向を変えてひと気の無いほうへ無いほうへ。
「カナってどうしてんの?」
先頭を歩くナミさんから聞こえてきたのは僕に対する質問。
それはまさに僕が聞こうとしていたことだった。
「また雲隠れ?こまんだよねいいかげんさあ」
あーあ、と大きなため息を吐くナミさん。
「少なくとも学校来ないって初めてだと思うんだけど」
意図的なんだろうか?僕の問いにナミさんは目を合わせず『……そうなんだ』と小さく呟いただけで背中を向けたままスタスタと歩き続ける。
「……嫌われてるのかい?」
藤崎は前を歩くナミさんに聞こえないよう小声で僕に耳打ちをした。
「好かれる要素は無いなあ」
というか、スキキライでは無くナミさんにとって僕などただのイジメラレっこのデブおたくでしかなく、中学のクラス内においては掃除用具入れ程度の認識しか持ってないだろう。その僕に……
「そういえば……僕になんか用事あった?」
そのうち会いにいくつもり
確かそう言っていた。ユズキカナの現状の事でなければもう何も思いつかないんだが……あれか、ゴリの鉄拳制裁についての抗議かな。
なら僕に言われてもお門違いである。野生の動物に対する責任など僕には取りようが無いのだから。でもあの制御不能の乳酸ゴリラはメスには手を出してなかったはずなんだけどなあ。
「あんたさあ、カナと付き合ってんでしょ?ならいいこと教えてあげようかとおもってね」
ここで初めてナミさんは振り向いた。
イヤな顔だなあ、と。しみじみ感じる。
完全にメスの顔。誰かの噂大好き、それが不幸ともなれば大好物。
そんな暗部を晒していた。
「カナってさあ、バイトしてんの」
「バイト?ウチの学校はバイト禁止じゃないよ」
藤崎が口調も確かに返答する。
よくいえば主体性重視、悪く言えばほったらかし。
輝かしきガリ勉高校である我が母校は勉強以外のプライベートにはほとんど関知しない。
とはいえ『バイトしながら勉強付いて来られるのかよ』という無言のプレッシャーは校則なんていう縛りがなくても生徒達を効果的に縛り付けているのだからタチは相当悪いが。
「そういうことじゃないんだよねえ。アダルト系?そういうのってやっぱマズイんじゃない?」
「アダルト系?風俗とか?まさか。カナ先輩がなんでそんなことするのさ。モデルなんだよ?」
「理由までシラね、いろいろあんだろカナにも」
「なんで……君がそんなこと知ってるのさ!?だいたいなんでそれを新木にわざわざ伝えようって」
「キライなのカナのこと。悲しむトコ見たいじゃんか。あ、でも直接見なくてもいいかも。どっか知らないトコでマジ凹んでてってカンジ?」
藤崎はイケメン過ぎてナミさんの『メス』がよく理解出来ずにいるようだった。
僕とユズキカナが付き合っていると勘違いしたナミさんはその関係を壊したかっただけ。
他人の不幸をただ純粋に望む心。
曲がった根、冷えた芯。
藤崎には理解し難い感情なんだと思う。
ひと気の切れたバス停のベンチ、そこがナミさんの目的地だったようで迷いも無くべたんと座り込み……ようやくまじまじと僕の顔を見上げるナミさん。
「カレシとしちゃあマジ勘弁だよねえ。どうなの新木その辺。語っちゃっていいよー」
藤崎は言葉が出てこないようで、ただ突っ立っていた。
このコが嘘をついている。
のか
ユズキカナが風俗でバイトしている。
本当に?
このコの歪んだ精神はなんだ?
この辺りを藤崎はお腹を空かせた旅人のようにぐるぐると練り歩いているように見えた。
「……」
しかしなあ、その辺の答えはすぐ目の前にあるのだ藤崎よ。
「あれ?固まっちゃった?あーらーきー」
僕に向けたナミさんのこの顔。
期待に胸焦がすこのメスの楽しげな表情が答えなんだ。